最初の告白者の非難(ソクラテスの風評)に対して、私が諸君の前に為すべき弁明は、今いったところで尽きていると思う。
さて私はこれより有徳の士かつ愛国者を自称する青年詩人メレトスに対して、弁明し、他の二人の告発者達は別々と見なして、彼らの訴状を注視したい。
そのいうところは
訴状
「ソクラテスは罪を犯すものである。
彼は青年を腐敗させ、国家の信ずる神を信ぜずして他の新しき神や神霊(原書ではダイモン=デーモンで悪魔崇拝を引用しているらしい)を信ずるが故に」
と。
これに反して私は主張する、アテネ市民の諸君、メレトスこそ罪を犯す者である。
彼は軽々しく他を訴訟事件に捲き込みかつまた未だかつて少しも関心を感じなかった事柄について熱心な様に装おっているからである。
こちらへ出たまえ、メレトス君。
そして言ってくれ、君が最も望むのは青年が善良になることだろう?
メレトス(以下表記は割愛)「その通り。」
それなら君は青年を善導するのは誰か知っているに違いない。
さあ、列席の諸君を前に言ってくれたまえ。
「国法だ。」
いやいや、それを訊くのではない、優れた友よ。
その国法を知っている人間は誰なのか?
「裁判官諸君だ。」
メレトス君、この人達に青年を善導する力があるというのか?
「勿論。」
全員か?または誰かは該当しないのか?
「みんなだ。」
ヘラの神にかけてこれは聴きものだ。
善導者は随分沢山いるものだ。聴衆や参政官もそうなのか?
「彼らも同じこと。」
するとアテネ市民のみんなは善良で有徳なのに、ただ私ばかり彼らを腐敗させる。
これが君の説かい?
「いかにも、私の説はそうだ。」
ならば私は惨めな人間だ。
だが一つ答えてくれ。
あらゆる人間が青年をよく躾てただ一人だけが悪くするのか?
逆によく躾られるのはただ一人か数人の教育者だけで、大多数の人間が彼らを取り扱うとかえって悪くなるのではないのか?
君やアニュトス君の意見の是非に関わらず、馬と優れた調馬師の関係のように、あらゆる動物に対して、それはきまりきっている。
腐敗させる者がたった一人で、他は彼らを善導する者だったら、青年達はさぞ幸福であろう。
よろしい、メレトス君。
これでわかってしまった。
君は青年達の事を心配していなかったということを。
その為に、君が私を告発しても、その事柄について君は心配してなかった無頓着も暴露してしまった。(続)