アテネ市民の諸君、この結果私に対して多くの敵が出来た。
しかもそれは最も悪辣な危険な種類の者である。
多くの誹謗が起こると同時に、私が賢者であるという評判も広まった。
しかし真の賢者は唯一神(絶対神)のみであり、その神がかの神託で言わんとするところは、人智の価値は僅少もしくは空無であると過ぎないように思われる。
神はソクラテスについて語り、また私の名を用いてはいるが、それは一例として引用したに過ぎぬように見える。
あたかも、
「人間達よ、汝らのうち最大の賢者は、例えばソクラテスの如く、自分の智恵は、実際何の価値もないものと悟った者である。」
と言ったかのようなものである。
だからこそ私は神意のままに歩き、市民であれ、よそ者であれ、賢者と見つければ質問をする。
そして事実に反するとわかれば、私は神の助力者となり、彼が賢者でないことを指摘する。
この仕事により私は公事においても私事においても極貧を貫いたのである。
その上にこういう事もある。
市民の青年達の中には、自主的に私を追い、私が人々を試問するとき、興味を持って傍聴するだけでなく、しばしば私を模倣して人々を試問するに至ったのである。
その結果青年達は、自分ではいかにも何か知っているらしく自惚れているが、実際には何事も知らぬ人達が極めて夥しいことを発見する。
そうして青年達の試問に逢った人達は、自ら責める代わりに、私に対して憤り、
「ソクラテスとかいう不都合な男が青年達を腐敗させる。」
というのである。
青年達の質問の答えに窮する彼らは、己の当惑を隠すために、あらゆる哲学者に向けられる陳腐な非難を引用する。
即ち、
「天上ならびに地下の現象について教え、また神々を信じてはならないこと、そして悪事をまげて善事となす。」
と。これらは自分の無知が暴露したことを告白するを欲しないからである。
これに励まされて詩人メレトス、手工者及び政治家アニュトス、演説家リュコンの三人が私の告発者となるに至ったのである。
しかし、ここまで増大した誹謗を、もし私がかく短時間で諸君から取り除くことに成功すれば、私自身の驚きである。
これは真実である。
私は大小隠すことなく諸君に告げたが、これによりまた憎悪を受けるのである。****
ソクラテスは才能乏しき青年悲劇詩人メレトスだけの告発なら、招集に応じなかったと言われています。
アニュトスが実際には主唱者だそうです。