12月27日夜
バティンには奈々子殿が帰宅するまでの監視と、久美子殿の入院先の視察を命じた故に、一人でアパートに着く。
魔界の「闇」と人間界の「夜」は明らかに違うことを今更思い知る。
「皆…まだ仕事か…。」
こんな仮住いが城なはずがない。
家は夜営であり、ただの前線基地に過ぎない…。
余はただルシファーの魂を切り離すという目的を達成する為だけに来たはずだ…。
だが、何故こんなに胸が苦しいのだろう?
入れ替わりで魂を奪われる奈々子殿にとっては、余は招かれざる死神だろうか?
が、少なくとも今の奈々子殿は余を死神とも悪魔とも思ってはいまい。
但し、天使と思ってないのは確実だ。
「邪魔がなくて最適だ。来れ!ソロモンNo.10『哲学と心身治療の悪魔』ブエルよ!」
灯りを消したアパートに召喚されたのは、黒髪をライオンの様に伸ばし、鹿のようにスラリと長い足に、仮装行列の様なタキシードに身を包んだ男性悪魔だ。
「お久しぶりでございます、サタン様。
いえ、今は佐田星明様ですね。」
「ブエル、事ある時にだけお前を頼ってすまない。
どうやら袋小路に迷いこんだらしい。」
ブエルは余の言葉を気にする様子もなく、灯りの消えた部屋で冷蔵庫を開けたり、ガスを点けたりと、人間界の産物に興味を示していた。
「それは構いません。
私を必要としないのは何よりも健全な心をお持ちの証ですから…。」
「堪らずお前を求めた余は、やはり病んでいるのか?」
「私を召喚したのは、サタン様が救いを求めたからです。
また、真に病んでる者は私を求めようとしません。
私、ブエルとはそのような存在ではありませんか?」
「では問う。余の進むべき道は?」
「サタン様、『右を選ぼうとも、左を選ぼうとも、貴方の選択は常に正しい』で、ございますよ。」
「そうだったな。アビス(奈落)で覚醒したばかりの余にとって、お前は教師であり、医者であり、牧師であった。だから、余は魔界に秩序を持たらせた。」
「この言葉には続きがあります。『但し、選択肢以外の事を考えなければ』でございます。
ロストファイブも、ミカエル様とルシファー様の恋路も、9天使の処遇も、それぞれ別の問題です。
勿論、落合奈々子様の魂の問題もそうです。
最後は落合奈々子様が決断することであり、如何様な理由と権力をお持ちであれ、サタン様が全てを『解決してやる』などと、『傲慢の罪』そのものでございますから」続