「あれ?ここは…?久美子、どうして?」
「気が付いた?ウチのジムの医務室だよ。
佐田くんが運んで来てくれたんだよ。
奈々子ったら、昼間もバイトして夜もウチで無理するから倒れるんだよ!」
「うん…ごめん…。」
佐田くん、ひったくり犯のことは久美子に言わなかったんだ。
自慢気に武勇伝を語らないんだね。
「ホントに彼って、若いのに天使みたいに非の打ち所が無いよねー?
ジムの入り口でお姫様抱っこした奈々子を抱えながら『久美子さんは居ませんかー?』って叫ぶから、奈々子のことで不謹慎なんだけど、キュンと来ちゃったじゃない!
あんた落ち着いたら、佐田くんに電話かメールでお礼しときなさいよ!」
「ううん、佐田くんとは今日会ったばかりだからメアドとか全然…。」
わざとなの?
佐田くんの恩着せがましくない行動は素敵よ。
でも…すぐにお礼が言いたいのに…。
携帯番号もメアドも知らなくて良かったのかなぁ?次のシフトでちゃんと会ってお礼が言える楽しみがあるもんね…。
そしてもうひとつ…。
あれは夢?無人のミニバイクに轢かれそうな私を、光とともに舞い降りた男性が、身を挺して守ってくれた…。
こんなとんでも設定、久美子に言えないし…。
「ねぇ、佐田くんは一人だったんだよね?」
「当たり前じゃない。
曽根先生が既に帰ったって聞いて、直ぐにあんたを私に預けて帰ったけど。」
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近所のラーメン屋に集う男四人。
「どういうつもりだ、ミカエル殿?」
「今は日系クォーター『マイク赤羽根』のつもりですが?」
「外見を聞いてるのではない!
何故、此処に来た?」
「貴方がこの店に入ろうと言ったから。」
「安い時給では、安いラーメン屋にしか入れぬという、今の余の身分を自答してるのではない!
どうして、奈々子殿を助けた?」
「左手をかざしただけですが?」
「救出方法ではなく…。」
「サタン様、ミカエル様とのご交渉は2552年間、全くの平行線でございますので…。」
切れ長の目に痩せ身の30前半の男性に人間化したバティンが、イライラを隠しきれない、大魔王サタンこと、佐田星明をたしなめる。
「ミカちんは別件で契約違反の悪魔を追ってただけよね~?伝導課も大変よね~?」
魔界の副将軍ベルゼバブこと、曽根晴人が話を進める。
「契約違反だと…?」
「ええ、あのひったくり犯には『悪魔が人間を使役する』反転契約の鉤十字があったわ」