去年の九月
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「ここは絶好の写生ポイントです。」
「おい、俺の絵の中に入ってんだよ。
場所変えろよ!」
「私の方が先に座ってたです!」
「俺は三日前からここで描いてるんだよ!」
「確かにここは絶好の写生ポイントですが、南向きの雑木林より、東の住宅を見下ろす方が絶景です。」
「…お前…上手いな…。」
「貴方ほどでは無いです。」
「仕方ない、動くなよ!」
「な、何を私の横に座って描いてるですか?
私が入ることで邪魔したくないです。」
「景色の一部が喋んな。
それにあんま動くな。」
「写生してる私を写生したら、それは風景画じゃないですー!」
「描きたい絵を描いてるだけだよ。」
「変な人です!」
「西九条純だ。」
「里見愛」
黒縁眼鏡が印象的だった。
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10月
「え?女子サッカー部?」
「うん、掛け持ちで入部してるから、うち(漫研)に顔出す回数減ると思うよ。」
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11月
「あれが里見さん?
まるで別人じゃないか?
その姿は芸術的な感性が俺と合う少女ではない。
裸眼でプレーする彼女はどこかたどたどしかった。
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2月
「言うんだ!
たった一言『モデルになってくれ!』と言うだけで全ては解決する。
彼女の中に眠る二面性どちらも知りたい…。
なのに…。」
「スポーツゴーグル?」
ますます彼女は変わった。
俺は風景画の中に、彼女の何をわかったつもりで描きこんでいたのだろうか?
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新学期6月
俺に出来ることは…。
美術室の窓から遠くの彼女を、自分のイメージで描くだけ。
俺が抱く彼女の偶像は、どうせ彼女自身の実像にほど遠い。
把握出来てない人間を、簡単に友達なんて言えるわけないだろう?
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「へ~、美術室には『学園の歌姫』、自分のスケッチブックには『漫画好きメガネっ娘』とは噂通りやるわね!」
「うわぁ、何ですか、いきなり?
ええと、確か副会長の…?」
「内藤京子よ。サッカー部の密命を受けて、西九条くんをグランドに連れて来るように言われたの。
さっ、行くわよ。」
「な、何で俺が?」
「理由は君が一番知ってるはずよ。
勝利至上主義の運動部員は、一律の価値観を押し付けるけど、芸術は自分との戦いだもんね。
嫌悪する気持ちはわかるわ。
でも、君にここで引きこもられると、出口の無い迷路に迷う可愛い後輩達が居るのよ!
…間近で愛する人を描きなさい」