第15話 誘惑者の求婚
僕は叔母あてに書面でコーデリアに求婚する手もあった。
世間で広く使われるこの手法は、話すよりは心臓が楽との理由だからである。
もしも僕がその手法をするとしたら、それが世間一般だからであるというのが理由であろう。
だが僕がそれを選んでしまったら、コーデリアに対する奇襲が失敗したことになる。
僕に友人が居れば
「君はこの厳粛な問題を良く考えましたか?
それは君の一生と相手の幸福を決定着ける問題なんですよ。」
と言ってもらえる利益がある。
だが、僕には友人は一人も居ない。
そのことが利益になるかどうかは直ぐに決定出来ないが、このような忠告をされないのは、僕にとって利益だと思っている。
コーデリアの問題では無く、僕の方に婚約することの問題は無い。
あるとすればコーデリアの叔母が気の毒なことだ。
彼女は純粋で正直な、農業の泥臭い愛で僕を愛しており、僕をほとんど自分の理想と崇めているのだから。
愛の告白は何度かしたことがあるが、そんな経験は何の役にも立たない。
どのような手法を用いるか、下稽古は何度もやった。
1 その告白の瞬間をエロス的にすれば(訳者注 官能的でロマンチック)これから味わう楽しみを先取りしてしまうことになるので用心した方がいい。
2 ひどく厳粛な態度で臨めば…これは危険である。
重大な瞬間に更に厳粛な刹那は、「告白されていた時間」が彼女の余生に重大な意味を持ってしまうことになり、その瞬間から彼女の心全体が凝固してしまうのだ。
3 気さくで道化じみた告白…これは僕の今までの仮面にも、今後の仮面にもそぐわない。
4 機智的であったり、皮肉なものを含めた告白…これは冒険すぎる。
僕はただ「はい」と言わせるだけではいけない。
彼女を芸術的に享楽するのが僕の目的だからだ。
だからこそ始まりはとりとめなく、あとでどうにでもなる切り口が必要となる。
告白を聞いて彼女が僕を欺瞞者(詐欺師)と決めつけるなら見損ないだ!
僕は普通の意味では欺瞞者ではないのだから。
しかし、僕を誠実な恋人と見るのもまた、見損ないだ!
僕は彼女になるべく決心がつかない状態に持って行くことだ。
「はい」と言わせた後で、「いったい、何故こんなことになったのか、私にはわからない。」
と思わせるのが一番いいのだ。
緊迫した局面で若い娘特有の「予知能力」が発揮されないために下稽古は重要なのだ。
続