第八話 四人
かくして僕はヴァール家の扉を蹴破らずに敷居をまたぐことに成功した。
エドワードは友情のなせる技と思い込んでいるようだが…。
真意を隠し、二人の男女を監視するには叔母が必要であった。
そう、僕は積極的にコーデリアの叔母に話しかけた。
それは僕とエドワードとの約束でもあった。
彼は終始コーデリアに囁くように、内証事の様に話しかけたが、殆ど彼は黙っていた。
僕の方は上々の首尾だ。
叔母には談話を共にするのに十分な、落ち着いた、律義な男に映ったであろう。
現段階でコーデリアに取って僕は受けのいい男性で無いのはわかっている。
彼女は純潔過ぎるので、世の男性が全て自分にちやほやする等と考えてはいまいが、僕に対して腹立たしさを憶えるほどであった。
僕は彼女を気にすること無く、叔母に向かって市場の値段を語り、一ポンドのバターを作るのに何リットル必要かを長々と語る。
このような会話は若者の頭脳を向上させ、堅実で建徳的である。
僕はエドワードとコーデリアの会話に背を向け、
「自然の働きは偉大ですね」
とか
「バターは自然と技術の産物ですね」
と語る。
叔母に対して僕が興味深い会話をするほど、叔母は二人の会話が耳に入らない。
それが狙いだ。
僕は二人の会話を全て把握しているのだから。
僕はメフィストフェレスかもしれないが、エドワードはファウストなんかじゃない。
仮に僕がファウスト役だったとしても、エドワードはメフィストフェレスなんかでもない。
しかし、僕は少なくともエドワードの眼にはメフィストフェレスの様には映っていない。
彼に取って僕は恋の守護神だから。
僕は叔母に話しかける約束と役目を果たしたのだから。
騎士は疑惑を呼び起こし、自分で自分の進路を阻む。
僕はその危険から免れ、警戒されないでいる。
かくして日々は流れ、僕はコーデリアを相手にせずに叔母に話しかける。
そして彼女はエドワードの話に倦怠していた。
これは当たり前だ。
興味の範囲が狭ければ、自分で発見するしかないのだから。
コーデリアには話相手も聞く相手も居ない。
僕のタクトに従う様な叔母との会話との会話の調子、不確かなエドワードとの調子との落差が彼女を困惑させる。
そして彼女は僕と叔母との会話にも入れない。
何故ならば、僕は彼女を『取るに足らない子供』としてあしらっているのだから。
「子供扱い」は女性性の否定ではなく中性化なのである
続