「やれやれ、イメージの中ではお前なんぞ、簡単に私に魅了されて堕ちると思っていたのに…(笑)。難しいものだな。」
俺の腕の中で泣くだけ泣いた高坂は、静かな笑顔を見せた。
「さぁな?案外ギリギリ後一歩だったかもな?」
「やっぱりお前は大した奴だ!
私の身体も京子の気持ちも両方守ったのだからな。
鉄壁のディフェンスだったぞ!
…そんなお前を好きになれて良かった…。
…今までありがとう…。」
精一杯振り絞った声で高坂は遂に別れの言葉を切り出した。
「…答えはずっと前から出てたのに…。認めたくなかった。
愛されていないなんて考えたくもなかった。
…でも…『彼女のポジション』にすがりついてお前に京子と『同じ』を求める様な真似はしたくない…。
だから私の初恋は今日でサヨナラだ。
真田、大好きだったぞ。
これからは私はただのコーチだから…。」
俺は最後にもう一度優しく高坂を抱き締めた。
その肢体はしなやかで先ほどの強張りもなく、自然に俺に身体を預けてくれた。
「こらっ、放せ!優しくされたら諦められないだろう!」
「…俺からの『命令』を出す。絶体にまもれよ。」
身長差があり、抱き締めると完全に俺の胸に頭が埋もれ、高坂の声がこもる。
「命令?なっ…。今さらやめろ!まっ、まさか別れが決まったから安心して私の身体を…。」
驚いて俺から離れようとするがきつく抱き締め離さない。
ジタバタする小さな手足が意外と可愛い。
「命令だ。高坂瑞穂。『お前はお前自身になれ』。」
「…私は私自身になれ?」
「そうだ、サッカーが上手いとか、恋愛が下手とか、胸が小さいとか、そんなの全部を含めて高坂瑞穂は『自分自身になれ』。
他人との比較でもなく、競争でも勝ち負けでもなく、自分が求める自分自身なれ!
この命令の効力は一生続くんだぞ?」
「いい言葉だな…。真田、お前のこと、諦められなくなりそうだぞ?」
「死んだじいちゃんの受け売りだけどな。
誰よりも高坂にはこれからそうあって欲しいと思ったんだ。」
「…うん。」
「…帰ろうか?」
部室を出た俺達は言葉は無かったが、お互いに安心感があった。
校門の前には京子や部員が待っていた。
「遅かったね、まー君。」
「…京子、悪いな。私は真田の命令通りにさせられてて、二回も鳴(泣)かされたんだぞ。」
「命令?…まー君、瑞穂に何をしたのー!?」
それは高坂の小さな仕返しだった。