2013年はデンマークの哲学者、セーレン・キルケゴールの生誕200年です。
それに先立ち、関西学院大学と日本キルケゴール協会はキルケゴールの著書「死に至る病」の解説を、キルケゴール研究の第一人者 橋本淳教授に依頼されました。
そして私も妻を連れて会場の兵庫県尼崎市にある塚口教会に行ってきました。
内心、自分のリアルでの哲学者としての道が開けるかな?とか淡い期待をしていたのですが、参加者は地元のキリスト教関連の年配の方ばかりで学問としての哲学とは縁遠い印象でした。
寧ろ11月から1ヶ月間、関西学院大学の上ヶ原キャンパス図書館で展示される「セーレン・キルケゴール展」の方が収穫があるかもしれませんね。
興味ある方は是非とも訪れて下さいませ。
私と偶然出会えるかな?(笑)。
全9回の講演で、第一回目の今日はキルケゴールの影響を受けた日本人として、
西田幾多郎や三木清、姫路の作家である椎名麟三を紹介してくれました。
三木清はドイツに留学してハイデッカーに学び、昭和10年には「キルケゴール選集」を出版しました。
英語圏でさえ翻訳されてない時代に、いかに当時の日本人が優秀かつ誠実にキルケゴールに共感し、その思想を取り入れたかは容易にわかると思います。
「個」を重視し、命がけで生きることに向き合い、自己を突き詰めたキルケゴールはやはり「武士道」に通じる者があったからこそ、情熱を持って取り入れられたと思います。
だからこそ私もキルケゴールに魅力されているのです。
青柳進先生の著書には、
「大戦中の日本政府に公に反対した文化人は三木清だけだ。」
とまで言っています。
投獄されても権力に屈することなく、終戦を迎えても釈放されなかった三木清は53歳で獄死します。
岩波書店の援助でドイツ留学し、帰国後に読売新聞にて「ヨーロッパの思想は今、キルケゴール・ルネッサンスである」と報じたのです。
三木清の功績によりキルケゴールの晩年の言葉が日本でも紹介されました。
「自然科学では人間と人生の問題は解明されない。
滅亡は自然科学からやってくる。」
by キルケゴール
どんなにテクノロジーが発達しても「自己」を解明するテクノロジーはないってことです。
最後に橋本教授は
「この当時にこの言葉を残したキルケゴールは過去の哲学者ではない。現在の哲学者だ。」
と述べています。