1 島国である
2 長きに渡り封建君主制だった。
3 沈黙は美徳である。の考えが根付いてる
4 絶対は無いと言う諸行無常の思想が根付いてる
5 八百万の神々は根付いたが、巫女が権力を握ら無かった。
以上、日本の文化、歴史、思想を5つまとめてみましたが、何とこの5つは全て当時のギリシャと対立するのです。
ギリシャは
1 大陸である
2 民主制度だった
3 大の言葉好き、議論好きである
4 絶対を求めて直線的な「大量」を求める
5 王であろうが、哲学者であろうが巫女の預言には絶対であった。
これが日本とギリシャの大きな違いです。
5 には補足が必要ですね。
もし、日本で卑弥呼が日本全土を支配していたら、邪馬台国が畿内か九州かなんて議論にさえならなかったはず。
きっと日本を支配するほどの国力は無くて、大和朝廷も巫女を側近に置かなかったのはシャーマニズムは根付かなかったみたいですね。
一方のギリシャでは巫女から発せられる「神託」は絶対でした。
王が戦争中の作戦に迷った時も巫女の言葉を借ります。
またソクラテスは「神託」により「最高の賢者」だと讃えられますが、ソクラテスはその神託に反対し、自分よりも賢い者を求めて問答と反証の旅にでます。
結果これが訴追の原因となりますが、401人の陪審員も、原告側も神託には一切触れないのです!
最後に紀元前600年前にヘラクレイトスは
「後ろから水が流れる限り、同じ川に入ることは二度とない。」

と日本人好みな諸行無常な言葉を残してます。
また「上り坂は下り坂、下り坂は上り坂」と言う日本人好みの「流転」を表現した言葉を残してます。
ただしその後「しかし、それは観測者の高低による」と何とも夢の無い言葉も残してます。
最後に専制君主の居なかったギリシャでは誰もが自由に言葉を操り、暴力、権力、財力での説得では無くて、どこまでも「両者合意による対話」を重視しました。
しかし、それは詭弁術(言い訳や揚げ足とりに近い論述)が発達したり、哲学よりも修辞学(裁判での弁論方法)が発達し、「言い負かせれたら何でも良い」風潮が生まれ、しかも理解を超えたところは相変わらず「神」に頼る有り様でした。
以上似てるけど違う日本人とギリシャ哲学でした。