この課題に対する大前さんの提案は

①既存の宿泊施設にプラットフォームを提供する

②不動産業を巻き込む

ということでした。

 

Airbnbに規制の圧力をかけているのは、それにより顧客を奪われる既存の宿泊業界です。

民泊が2日から可というニュースが先日出ていましたが、やはり既得権への配慮をした上での落としどころだと思います。

周辺住民の不安に対しては行政が基準を設ける等により対応するべき問題ですし、騒音等は宿泊数と関係がないです。

主な規制が宿泊業界の圧力ということは、この業界に対してメリットがあれば規制も弱まるということです。

Airbnbからホテル予約が可能になれば、ホテル業界にもメリットがあります。

そうするとAirbnbは楽天トラベルのようなサイトとぶつかることになりますね。

楽天はポイントで勝負しているので、それに対抗できるものが必要となってきそうです。

ホテル業界もこの流れを止めることはできないので、客を取られてしまうと反対するよりも、自分たちにメリットが生まれるような仕組みを考えた方が良いと思います。

そうするとやはりAirbnbに既存の施設をのせるということになるでしょう。

 

次に、私はホテル業界という利益が相反する業界による規制をどうするかを考えていましたが、味方となる業界を巻き込むという視点が欠けていました。

民泊は個人所有の部屋を貸し出すこともありますし、単純な空き家を貸し出すこともあります。

後者はそれぞれ管理している不動産業者がいるので、空き家を有効活用できることはその業者にとって大きなメリットです。

こういった業界を巻き込んで仕組みをつくることも大切なんですね。

課題ばかりに目を取られていました。

 

大前さんは触れていませんでしたが、このようやシェアリングサービスの可能性に注目して似たようなサービスが展開されてきてます。

ホスト側としては複数のサイトに登録した方がいいので、現状でAirbnbの登録数が多いことに大きな優位性はないはずです。

そうすると、今後どんな対応をとるべきなのでしょうか?

今回は大前研一さんのケーススタディを扱ってみました。

この本の特徴はタイトルのような課題が与えられ、自分で考えた上で、大前さんの考えを読んでみるというものです。

なので、ポイントは自分で考えてみるというところです。

 

はじめてなので、まずはあまり時間をかけずにやってみました。

大前さんの考えはまだ読んでいないので、まずは自分の考えを書いてみたいと思います。

 

まず、Airbnbはホストと宿泊客のマッチングを行うサービスを提供しており、P2Pのビジネスです。

ホストは空き部屋を有料で貸し出すことができ、客は様々な部屋を借りることができるというものです。

サイトを見てみたのですが、どの部屋も同じようなホテルとは違い、ユニークな部屋やおしゃれな部屋が多いような気がします。

確かに、せっかく旅行にいくなら現地の生活感がわかるような部屋に過ごしてみたい気持ちもわかります。

 

そして、Airbnbの課題ですが、法律上のものとビジネス上のものがあると思います。

法律上のものは最近よく話題になっていますが、サービスに対する規制です。

既存の宿泊業界という既得権益によるものもあれば、観光客が増えて治安が悪くなることを懸念する周辺住民によるものもあります。

先日、民泊は2日からという記事がありましたが、これらの声を聞いた上での落としどころでしょう。

理想は1日ですが、今までの規制と比べればまだ良い方かと思います。

それだけ、日本も今後のオリンピックを含めた観光業に力を入れてるため、あまり規制をしたくないのだと思います。

Uberに対する規制も似たところがありますね。

2日をいかい1日にしていくところが課題なのでしょうか?

一泊だけの利用を希望する顧客も多いはずなので。

 

次にビジネス上の課題です。

Airbnbはホストと客を仲介するものなので、客がいなければビジネスが成立しません。

そして、その客の数はコントロールできないものです。

今でこそ、オリンピックが話題になり日本への観光が増加していますが、オリンピック後はどうなるのでしょうか?

ホテル等の既存の宿泊業界と観光客の取り合いになると思います。

ハイエンドなホテルはサービスも含めてそれ自体が価値なので問題ないでしょう。

しかし、Airbnbと価格帯が同じ宿泊施設はおそらく観光客の取り合いになるはずです。

 

 

なんだか課題だけを書いていて、解決策がないですが、はじめてなのでここまでにしておきます。

別に大前さんと同じ考えでなくてもいいのですが、的はすれでないことを願ってます。

 

 

前回では、模倣とは知的な作業であり模倣からイノベーションが生まれると述べました。

本書ではその模倣を体系化しています。

まず、模倣には単純模倣と反面模倣があります。

単純模倣はそのまま模倣するものもあれば、少し変えて模倣するものや、発想を得るものもあります。

 

模倣するためには他社のどの部分を自社のどの部分に取り入れるのかを明確にしなければいけません。

「うちもあのようになりたい」の、「うち」のどの部分をどのようにしたいのかを明確にするということです。

本書ではその明確化のための分析ツールとして、P-VARという概念を示しています。

P…ポジション

V…顧客に提供する価値

A…収益の仕組み

R…経営資源

会社の活動をこのようにわけ、模倣するレベルを明確にするのです。

 

また、模倣のステップも示しています。

①自社の現状分析

②参照モデルを選ぶ

③あるべき姿の青写真を描く

④現状とのギャップを逆算する

⑤変革を実行する

 

このステップをヤマト運輸を事例にして説明しています。

 

①自社の現状分析

まず、1960年代のヤマトは主に短距離運輸のうち貨物輸送という大口輸送を主な事業としていました。

しかし、長距離輸送への算入に乗り遅れ利益率が1.7%にまで落ち込むことがありました。

利益率の低下が同時のヤマトの現状であり、これを解決する必要がありました。

 

②参照モデルを選ぶ

そのような中、ヤマトは吉野家をモデルに選びました。

吉野家は牛丼に商品を絞っており、効率化・コスト削減で利益を出していました。

ヤマトはサービスの多角化により利益率が低下していたため、吉野家をヒントに、個人の小口輸送に絞った会社を目指すことにしました。

 

ここまでが模倣になります。

いわゆる選択と集中にあたると思います。

 

今日まで多くの優秀な人達が世界中で革新的なアイデアや解決策を提案してきたおかげで、今日では全く新しいものというのは珍しいと思います。

とするとサービスも経営もいかに組み合わせるかということが重要になってきます。

個別のアイデアは存在していても、それを組み合わせることで新しいものが生まれるからです。

事例では理解しやすいように単純化されていましたが、実際にはもっと多くの選択肢があると思います。

そして、結局はどのモデルを参照し実行するかというところで差がつくはずです。

どのモデルを選ぶかという点ではトップのリーダーシップに依存することもありますし、実行するという点ではそれに加え人材の能力にも依存するはずです。

同じことをやっていても差がでるのがビジネスであり、だからこそ実行することに難しさがあるんだと思います。

 

 

 

今日は『模倣の経営学』という本を読みました。

 

個人的な5段階評価:★★★★★

模倣というとどうしてもネガティブな印象を受けることが多いと思います。

しかし、本書は模倣に対する概念を覆してくれるものであり、また模倣を体系化したものです。

一言で言うと、イノベーションは模倣から始まるということです。

私自身自分の力で考える、0から1を生み出すということを意識していた反面、全てを自分の頭で考えることの限界と非効率性を感じていました。

しかし、本書を読んだ今では、模倣をすること、そしてその前提としてのインプットの重要性・必要性を感じています。

本書では模倣により大きく成長できた企業の事例をいくつか挙げてます。

また、うまくいく可能性が高い模倣を体系化し、何をどう模倣すべきかの見解も示しています。

具体的な事例は明日以降紹介します。

 

模倣がうまくいくためには、模倣の対象やその対象の本質を見極める必要があり、とても知的なものであります。

もちろん、悪い模倣もありますが、何かも学ぶときにまず模倣から入ることの重要性を学ぶことのできる良書です。

 

今日、フィンランドが試験的にBIを導入するという記事を読みました。

http://www.afpbb.com/articles/-/3098786

 

スイスでも導入が検討されたりと、最近BIに対する情報が多くなってきます。

 

BIについては波頭亮さんがわかりやすく説明してくれる記事があります。

https://newspicks.com/news/1447790/body/?ref=search

 

BIの主な役割は既存の社会保障の代替であり、一律無条件という点が社会保障との大きな違いです。

波頭さんの記事のように、BIには以下の5つのメリットがあります。

①シンプルである

②運用コストが小さい

③行政の恣意・裁量が小さい

④働くインセンティブが守られる

⑤個人の尊厳を傷つけない

 

①シンプルである

既存の社会保障はニーズ型といわれるように、個人のニーズに応じた保障が受けられるもので、給付も必ずしも現金ではありません。

確かに多様なサービスは良いですが、給付を受ける側からすると複雑すぎてわからないことが多いです。

それに対してBIは無条件に一律に同額の金銭給付をするものであるため、とてもシンプルです。

 

②運用コストが小さい

上記のように、サービスが多様化するとそれを判断する行政部門が必要になりますし、設備等が給付サービスであれば維持費等もかかります。

結果として、社会保障運用自体のコストが非常に高くなってしまいます(数千億規模にのぼる算定があります)。

しかし、BIであれば給付資格の審査も必要なく現金給付のため、必要最低限のコストで運用ができます。

浮いた分のコストは財源として使用できることになります。

 

③行政の恣意・裁量が小さい

既存の社会保障では各保障に応じて条件あり、それを判断するのは担当者です。

条件が規定されているとはいえ、水際作戦が行われているように、結局は担当者の恣意によって給付の有無が決まります。

そうすれば、もちろん公正さが保てませんし、必要な人が保障を受けられなくなるという事態も生じてしまいます。

しかし、BIであれば無条件給付のため審査を必要としない以上、恣意・裁量が入り込む余地はありません。

 

④働くインセンティブが守られる

例えば生活保護を受けている人が働き口を見つけてもその収入が給付額と同額程度であれば、働くインセンティブが生じません。

むしろ、医療費が免除される生活保護の方がより良く、働くことで損をすることになってしまします。

しかし、BIであれば無条件に給付されるため、働けばその分が確実に収入となり、働くことで損をするということはありえません。

むしろ、BIにより一定の生活は保障されるため、嫌な仕事だが生活のためには仕方ないという状況がなくなります。

その代わり、収入は少なくても自分の好きな仕事だけやることが可能となります。

これによりきつい仕事は人材不足となり人件費向上ということになりそうですが、これはこれで企業に対して機械化を進めるきっかけにもなります。

そうすると、日本では単純労働という低付加価値産業はどんどん機械化し、人材は高付加価値産業へと移動する流れができるかもしれません。

生活は保障されているので、企業で失敗するリスクも大きくなくなるため、挑戦できる環境ができます。

これは大きな意識改革になると思います。

 

⑤個人の尊厳を傷つけない

生活保護や失業保険はどうしてもネガティブなイメージがあります。

申請のために多くの個人情報を詮索されることもあるそうです。

給付基準を満たすかの判断ではありますが、自尊心が傷つくと感じる人も少なくないと思います。

しかし、BIでは一律無条件給付であるため、全員が堂々と給付を得ることができます。

 

BIには以上のようなメリットがあり、個人的には早く導入してほしいと考えています。

AIやロボットにより人間の職業の多くが代替されていくなかで、職業を失う人が多く出てくると思います。

そうするとその人達の生活を守る必要があり、個別に対応するよりもBIを保障制度とした方が合理的になる時代がくると思います。

働かなくても生活できるのであれば、企業側も余分な人員を整理しやすくなり、スポット型採用が可能になるというメリットもあるはずです。

 

もちろん、既存の社会保障がなくなりそれを担当する公務員の職が減るため、そこからの反対は大きそうです。

組織拡大・裁量拡大というのが官僚組織です。

この反対に加え、大きな変化には抵抗感があるのが日本国民の多数派だと思うので、日本での導入はまだまだ先でしょう。

しかし、AI・機械によって職が代替されるという流れは確実なので、やはり時間の問題であると思います。

 

前回に引き続いて、日本的経営のもとにおける人事制度の機能と、今後求められる機能を考えていきます。

 

③報酬

日本的経営のもとでは、何よりも「家」としての調和を重視します。

そのため、最も評価されるのはその調和を保つものであり、反対に調和を壊す者は評価されません。

これが、減点主義へとつながっていきます。

そして、日本的経営の成立要件の一つでもある、低い経済水準はこの報酬に影響を与えます。

このときの会社は社員の生活を支える「家」として存在し、社員は会社に依存しなければ食べていくことができませんでした。

このような背景の中で、報酬は貢献度に応じて払われるものではなく、むしろ生活費として支払われていました。

そして、年齢に応じてライフスタイルが変化するため、生活費もそれに応じて変化します。

結果として、年齢が高くなり支出が増えるにつれて報酬も増やすという年功序列が完成していきます。

確かに若いときは労働に比べて報酬は少ないですが、会社に貸しをつくっているような状態であり、年齢が高くなるにつれて労働以上の報酬がもらえるようになります。

つまり、一生を通してみるとプラスマイナスゼロという形になります。

また、生活費として支払われる以上、同年代では同賃金となっていきます。

 

しかし、今までのように日本的経営の成立要件はもうなくなりました。

今では会社にしがみついて働かなくとも、バイト等で十分に生活費をまかなうことができます。

また、個人によって成果に何十倍何百倍も差がつくようになりました。

調和を重視する減点主義から、会社により貢献してくれる社員を評価するという加点主義へと変化しているのです。

この中で、成果に応じて報酬に差を付けるということがモチベーションの最大化にとって重要になります。

そして、この報酬はもちろんまずは金銭的なものですが、モチベーションの維持という観点からするとそれ意外のものも考えられます。

自分の時間を大切にしたい人にとってみれば休暇が報酬となりますし、自分で指揮をとりたい人は権限等が報酬となります。

つまり、報酬で差を付けると共に報酬自体も多様化することで、目的としてのモチベーションの最大化を図ることとなります。

 

日本企業で実力主義を適切に採用している企業はどれくらいあるのでしょうか?

あまり多くない気がします。

横並び意識が強いということと、どうしても稼ぐことに良くないイメージがついているのではないでしょうか。

確かに仕事はお金だけでなく自己実現の一つではあります。

しかし、やはりお金は最も明確な報酬ではないでしょうか。

プロ野球選手では毎年自身の年棒を交渉するらしいですが、会社員は定められた年収を受け入れるだけになりますよね。

自分の成果や目標を客観的に把握し、それに見合う報酬を求めることも会社と社員の健全な関係だと思います。

また、多く稼げばその分多く税金を払うことになります。

社会に貢献しているのです。

報酬の多様化は一つの流れですが、その代表であるお金に対するイメージを変えて、儲かることは良いことであるという意識をもった方が良いと個人的には思います。

 

次は人事制度の役割②である評価についてみていきます。

 

日本的経営においては「家」という概念を重視しているため、この「家」内の安定を保要素が評価されることとなります。

つまり、個人の能力よりもいかに「家」に忠誠をつくしたかが重要になります。

そもそも、労働主役型の時代では成果自体に多くな差がつくこともないので、そこで評価はかわりません。

そして、「家」の安定を乱した者は極端に評価が悪くなることから、減点主義へとつながっていきます。

 

これに対し、知識集約型の時代では有能な社員とそうでない社員の成果は何十倍何百倍にも及びます。

人事の目的の一つであるモチベーションの最大化を図るためにも、成果に応じて報酬に差をつける必要があります。

そうでなければ、有能な社員が当該会社に残る意欲がなくなります。

つまり、実力主義の下、適切な報酬格差が必要となります。

もっとも、各部門に応じて業績の評価は異なります。

そこで、各部門に応じた評価体系の策定も必要になります。

さらに、日本的経営では「家」の調和を保つために評価体系は秘密主義でしたが、実力主義の下では、自分がいかなる評価をどのように受けているかは、モチベーションや今後に目標設定にも関わってくるものであり、評価の公正を保つためにも公開が必須となるでしょう。

 

今までにも述べたように、この評価の機能は非常に重要になると思います。

例え営業という同じ部門でも、東京の営業と地方の営業で同じ評価体系を使うことは公正とはいえないでしょう。

そうすると、どのような区別が適切かということがすごく難しくなってくると思います。

策定した上で、社員にそれを納得してもらうことも求められます。

 

また、仮に現段階の評価が悪くとも、今後上がるチャンスを確保することも重要です。

一度高評価のルートから外れるともう回復できないとすれば以降のモチベーションは低下しますし、失敗を恐れて挑戦すること自体を控えてしまいます。

これでは結局減点主義と変わりません。

挑戦する者を評価するとともに、失敗を減点主義的に捉えず、貴重な経験をしたというポジティブなものとして捉えることで、挑戦する文化というのが培われるのだと思います。

 

 

 

前回は日本型経営を支えたコンセプトとして「家」という概念があり、それに対応するように、終身雇用・年功序列・協調的労働組合が明文なき制度として生まれたことを述べました。

 

人事制度の目的は、適材適所の実現・モチベーションの最大化にあります。

そして、それを達成するための機能が7つあります。

①採用、②評価、③報酬、④異動・キャリアパス、⑤教育、⑥労務、⑦代謝です。

 

日本型経営は、高度成長・人口増加・低い経済水準・マニュアルレーバーという4つの条件の下に合理的に働いていましたが、これらの全ての条件が変化した今日では人事制度の変革が求められます。

そこで、上の人事制度の機能を日本型経営と求められる変革を比較して、それぞれまとめてみたいと思います。

 

①採用

日本型経営、そして今日でも、日本企業の多くは新卒一括採用を実施しています。

これは、「家」という概念に基づき、「家」に入る以上自分たちのやり方に従ってもらいたい、そのため余計な知識等は不要であるということから始まっています。

その代わり、必要な知識はOJTで学ぶというものです。

 

私も数年前に就活を経験したのですが、どうも違和感を感じました。

ほとんどの学生が同じ服装で同じイベントに参加し、似たようなエントリーシートを提出します。

受験勉強と同じですね。

その過程では、個人の能力・特性はあまりみられません。

もちろん、面接は数回ありますが、それだけで何がわかるのでしょうか。

過去に頑張ったことを聞く面接が多いですが、正直何の意味があるのかわかりません。

確かに学生時代から何かに取り組んでそれをアピールできることは良いことですから、それを評価するのは大事です。

しかし、人前でアピールすることができる程の経験をした学生なんてほんの一握りではないでしょうか?

それにもかかわらず、ほぼ全ての学生に同じ質問をしています。

そうなると、大きな経験のない学生は何とか話題を作ろうと、話を盛ったりします。

結局はしゃべることが上手な学生が評価されることになります。

もちろん、それはそれで一つの能力ですから、評価はすべきです。

問題は、それに焦点をあてすぎているのではないかということです。

 

面接のときにうまくいっても、仕事の土壇場で逃げてしまうような人もいます。

反対に、面接は苦手だがちゃんと考える力があり、苦しいことにも立ち向かえる人もいます。

こういうことは、数回の面接ではわかりません。

本来ならば、部門毎に欲しい人材像や能力が異なるので、一定期間インターン等を通して、じっくり判断すべきです。

そうすれば、企業は正確に学生の能力を把握することができ、学生も企業の内面を知ることができるため、入社後のミスマッチが解消されます。

 

これからの採用は、今までの同質・大量採用ではなく、非同質・複線型採用が求められています。

まず、非同質型とは、真っ白な状態の新卒を採用するのではなく、各部門に必要な人材を適切に把握し、その能力を持つ人材をピンポイントに採用することです。

どんな人材を雇っても似たような成果がでる労働集約型の時代は終わっています。

知識集約型の時代では、能力のある人とそうでない人の差は何百倍にも広がります。

そのため、必要な人材を適切に採用することが求められるのです。

 

次に、複線型というのは新卒にとらわれないということです。

例えば特定のマーケティングの能力がある人を5年間だけ雇いたいという場合、新卒ではこれに対応できません。

そもそも、能力がない上に期間後に辞めてもらうことが難しいです。

このような企業のニーズにも対応できるように、中途採用や短期間の採用等を可能とするべきです。

 

少し話がずれてしまいますが、このような多様な採用を可能にするためには社会制度も変化せざるを得ません。

終身雇用は社員にとっては安心かもしれませんが、定年まで人件費を支払う企業からすればどうしても採用が慎重になってしまいます。

そのため、多少業績が良くなっても大幅に採用を増加することには抵抗があるのではないでしょうか。

反対に、柔軟で多様な採用が可能になれば企業には大きなメリットがありますが、被雇用者は職業が安定しません。

日本では後者を重視したような制度になっています。

しかし、これがこれからも続けば企業の成長が鈍化し、企業・社員・国家全体が困ることになります。

やはり企業の活動を重視すべきではないでしょうか。

柔軟で多様な雇用を可能にし、その代わりそのデメリットは社会制度で解決するというのが良いのではないでしょうか。

仕事がなくても一定程度の生活はできるという金銭的保障があれば、わざわざ無理して働かなくともよいと考える人も多いはずです。

そして、余分な人員を抱えず、必要なときに必要なだけ人材を採用できれば、企業活動の自由度は大きく向上します。

このような観点からも、ベーシック・インカムが実現しても良いのではないかと思います。

もちろん、お金や価値観の問題はありますが、少なくともこういう議論は近いうちに出てくると思います。

 

そして、この他に、必要な能力の把握と人材の適正の評価がポイントになると思います。

制度として可能でも、この二つが間違っていれば結局意味がありません。

以前にも書きましたが、イノベーションを生むためにはそれを適切に評価できる上司が必要です。

まず評価する側の人材を育てるということを始めないといけません。

 

このように、採用だけをとってみても人事は企業の成果を左右する重要な部門になります。

そろそろ経団連がやってる新卒一括採用をやめたらいいのにと思いますが、すぐにはできない事情があるんですかね。

それとも一部の力のある企業のわがままなんでしょうか。

決定権は逃げ切り世代にありますが、そのしわ寄せは若い世代にくるので、もう少し若者のことを考えて決定してほしいですね。

 

②以降は明日以降書きます。

ちょっと長くなりそうです。

 

 

 

 

『ポスト終身雇用』波頭亮

 

この本は日本的経営をささえた3つの制度を三種の神器に例え、日本的経営により日本が戦後の経済復興を可能とした背景とこれからの課題について書いています。

波頭さんの著書はいつも構造的・論理的で、難しいテーマでも非常にわかりやすく説明してくれます。

 

まず、日本的経営を支えた三種の神器とは、①終身雇用、②年功序列、③協調的労働組合です。

そして、これらの背景にある根本的な価値観は「家」というものでした。

会社は一つの「家」として存在していました。

だから、いったんその会社に入れば定年まで働くことは自然なことでした。

また、「家」の中では年長者が偉いため年功序列もそれを反映していました。

そして、「家」である以上、「父」たる経営者と「家族」たる従業員は協調することが当然であるため、本来経営者と対立する存在である労働組合も、経営者と利害関係を共通にしていました。

 

しかし、これを支える外部的環境の変化により、すでにこのような日本的経営は合理性を失っているため、根本的な人事制度の変革が必要となります。

 

人事部門の役割は適材適所の実現とモチベーションの最大化にあります。

 

まずはモチベーションの最大化についてみてみます。

高度成長期の産業は労働集約型がほとんどであり、技術の習得のために長い年数が必要でした。

ですから、勤務年数≒能力≒収入が成り立っていたので、年功序列には合理性がありました。

しかし、今日の労働集約型産業の多くは機械・ロボットにとって代わり、知識集約型として人間はよりクリエイティブな能力が求められています。

つまり、勤務年数≒能力という式が成り立たなくなっています。

ただ勤務年数が長いという理由で収入が上がる、能力がある者がそうでない者よりも収入が低い、こんな環境ではモチベーションの最大化を図ることはできません。

もはや年功序列に合理性はなく、能力に応じた収入格差が必要となっているのです。

 

次に、企業は時間的にも能力的にも必要なだけの人材を配置することが求められています。

必要な期間のみの契約ができる制度が必要です。

また、各部門を経験し順番に社長になるような人事では経営はできません。

これまでは、アメリカのまねをしていればよく、目指すべき方法が明確であったため、経営者はどちらかというと社内で顔が利く人、社内政治は上手な人でした。

しかし、技術的にはすでに追いついた以上、これからは革新的・戦略的な能力が求められます。

他の部門においても必要な人材は異なります。

そのため、今後のビジョンに必要な能力を各部門が把握し、それに合った人材の採用が必要となってきます。

そして、その能力がない者については場合によっては辞めてもらう必要があります。

 

そうだとすれば、日本的経営はこれから求められる人事制度と矛盾しているのです。

 

近年の日本企業の不調の原因は、為替やバブル崩壊等の外部的要因のみならず、その人事制度という内部的要因にもあるのです。

ですから、外部的要因に対する緊急対応型処置だけでは何も変わりません。

 

適材適所とモチベーションの最大化のために人事部門はどんな制度を目指せばいいのか、次回まとめてみます。

NewsPickesでライザップの記事を読みました。

https://newspicks.com/news/1732388/body/?ref=pickstream_569254

 

私もジムに通ってウェイトトレーニングをしていますが、なぜこんなにライザップがはやっているのか不思議に思っていました。

ウェイトトレーニングと糖質制限を並行して行えば、意外とすぐにやせるのは経験上知ってましたし、これくらいはネットで調べればすぐにわかることだからです。

 

しかし、この記事によれば、見学に来た人は初めはこれなら自分でできると感じすぐに加入することはないが、半年後一年後に結局加入するのが大半らしいです。

つまり、やり方は知っているが継続できないのです。

そして、ここからがライザップの強みです。

トレーナーと共に目標を設定し、二人三脚で結果にコミットするのです。

トレーニングはもちろん、毎日3食の食事を写真で送り、ちゃんと糖質制限ができているかと常に管理していきます。

そして、トレーナーが常にはげまし、目標達成の意識をキープし続けます。

つまり、このトレーナーの存在がライザップの強みです。

実際トレーナーの採用率は3%程度という厳しさです。

 

やり方や環境はあるが継続できないから、結果がでない。

逆に言えば、継続した人が最終的に勝つ。

これって全てのことにいえるのではないでしょうか。

 

最近は自己啓発本はよく売れているので、モチベーションの高め方や自己投資の仕方は多くの人が知っているでしょう。

しかし、本に書いてあることを継続できるひとはほんの一握りだと思います。

継続できる人は、目標が潜在意識にまで浸透し常に目標達成のために努力ができます。

これは努力してそうしてる人もいるし、好きなことであれば無意識にそうなることもあります。

どちらにしろ、目標達成は何に関しても必要なことなので、ダイエットに限らず、企業や学校等にもこのやり方を導入すればいいと思います。

ここまでトレーナーにコミットしてもらえば、ほとんどの人が継続できるはずです。

そして継続すれば、結果は出ます。

企業におけるメンターや人事部門、学校における担任等はこのトレーナーのような存在であるべきです。

特に初等教育からこういうやり方が身に付けば、将来どんな課題に直面しても克服できるんではないでしょうか。

 

自分で自身を鼓舞して継続できるひとはすごいですが、皆がそうとは限りません。

誰かの助けを得て成功体験を経験することが、好循環のきっかけになります。

 

昨日書いた脳科学もそうですし、こういうことをもっと体系化してどんどん教育に取り入れて成功体験を積み重ねた方が、詰め込み教育よりよっぽど良いのではないでしょうか。

 

それとここからもう一つ気づいたことがあります。

理想の体を手に入れる方法は知ってるが、自分だけではできないから、お金を払ってできる環境に身を置く。

これがライザップのやり方ですが、堀江貴文さんのHIUと似てる部分があります。

HIUではお金を払って参加者が堀江さんのアイデア等を実行していきます。

自分で何かやりたいが、実行に移せない、継続できないという人が多いと思います。

HIUではアイデアがあるのに実行に移さないと堀江さんが「何でやらないの」と促していきます。

実行にうつさなきゃいけない環境があります。

 

何かやりたいけど実行に移せないという人は私を含め多いはずです。

でもライザップやHIUのように、こういう人が実行に移せるような環境を企業内でもつくることができれば、生産性があがり新しいものが生まれるのではないでしょうか。

上の例自分がお金を払っているからやらなきゃ損だということと、目標を常に意識させてくれる環境があるというのがポイントです。

企業では逆に給料をもらう立場ですし、研修も企業がお金を払ってやっているので、社員にやらなきゃ損という感覚が生じないんでしょうね。

でも社長や役員等と一緒に働きたい若しくはどう仕事をしてるのかを知りたいという人はいるので、似たようなシステムはできるんじゃないかとも思いますけどね。

自分からお金を払うことで多少意識は変わり、よりコミットできるんじゃないかと思います。