僕は異国に住む小さな彼女の部屋に転がり込んでいた。
現地の人間しか住んでいない場所。
日本人が珍しいのか、朝や昼間に僕の事を覗きにくる人々。
地元の人間しかいないバーでビールを昼から飲む生活。
夜はサクラバーに行ったり、行かなかったり。
適当に過ごしていた。
彼女の帰り時間は様々。
彼女は数ヶ月前にタイの本土からサムイ島にやってきた。
貧しい地域らしい。
家族が多く、彼女の住んでいた場所では出稼ぎに行くと言う事は当たり前の事。
「家族の為に頑張って仕送りをしなければならない。」小さな彼女はその様な事を言っていた。
どこかで聞いた事があった。
タイの貧しい地域の常識。
女性ならば水商売、男であればムエタイやボクシング等の格闘技で稼ぎを作る。
弱い男はニューハーフにしたり、家によっては足や腕を切り落として乞食にしたりする事もある。
力を売る。情を売る。
色を売る。身体を売る。
男であっても、女であっても。
そんな生き方の根底がタイの裏側にはまだ多く存在している。
彼女も例外では無かった。
疲れ果てた顔で、朝方に帰って来る彼女。
「○○人は乱暴で嫌いだ!」
「○○人は優しい。」
「○○人は大きくて嫌いだ!」
彼女も当たり前の事として身体を売って生きていた。
彼女の生きている世界の常識。
僕とその小さな彼女との間には身体の関係が一切無かった。
それが僕と彼女を結びつけていたのかも知れない。
彼女は僕の差し出すお金には絶対に手を出さない。
それどころか、外食費も僕には出させない。
何が境目であったのかは解らない。
彼女の住んでいる場所にはヒモの様な人間も当たり前の様に多くいた。
そんなヒモ達と一緒にバーで昼から飲んでいた僕。
「あんな人達と一緒に飲んでたらダメ!」と身振り手振りで必死に説明する彼女。
サクラバーに顔を出すと、暇な時は嬉しそうに寄ってくる。
彼女目当ての客がいる時は「家で待ってて!」と言われる。
そして疲れ果てた朝帰りの時には子供の様な顔で僕に寄り添って眠る彼女。
売春という行為に偏見を持っていた僕であるが、それが生き方の基本である生活を目にして考えが変わる。
僕の想像できなかった世界がこの世には沢山ある。
僕の常識や日本の常識だけが当たり前では無いという現実。
それが「良い」とか「悪い」では無く、それが当たり前の世界も存在するという現実。
可哀相とは思わなかった。
そんな事を感じたら失礼だと思った。
「頑張れ!」
そう思える自分がいた。
生きるという事は、僕の今までの想像よりも大変な事なんだ。
そんな事を感じた。
頑なに僕からのお金を受け取らない彼女。
僕はこれ以上彼女の負担になってはいけないと決断する。
僕も頑張って生きなければならないと決断する。
「日本に帰る。」
ある日彼女に伝えた。
そんな日が何時かは来る事を覚悟していた様な眼をする彼女。
「日本って良い所?」と彼女に聞かれた。
「ここの方がずっと良い場所だよ!」と彼女に伝えた。
「じゃあ、ずっとここに居ればいいじゃない!」と言われる。
「でも何時かは家に帰らなければいけない・・・」そう伝えた。
「そうだね。日本にはお父さんとかお母さんとかが居るんだもんね・・・」
「リョウを家族に返してあげないとね・・・」悲しそうに彼女が言った。
僕にとっては家の問題では無かったけれど、家族思いの彼女はその様に理解した様子であった。
僕は何も否定をしなかった。
子供の様な顔をした彼女が教えてくれた。
「私にとって外国ってポストカードの向こうの世界。」
「映画の向こうの世界。」
「雑誌の向こうの世界。」
「テレビの向こうの世界。」
「スゴイね!リョウはそんな向こうの世界からやって来た。」
「私がきっと一生行く事の無い向こうの世界・・・」
そう。
僕達は当たり前の様に海外へと出かける。
でも、そんな事を想像もできない世界で生きる人達の方が圧倒的に多いのがこの世の中。
僕達はたまたま日本という裕福な国に生まれ、強い円を持ち、世界の非常識の中で生きているのかも知れない。
彼女がサクラバーで働く夜。
僕が彼女に手渡そうとしてもきっと受け取らない謝礼と共に手紙を残しラマイを去った。
Thank you! You taught me a lot! Will never forget Ramai. Will never foget you. Thank you. Sincerely Ryo.
「ありがとう。君は色々と教えてくれた。ラマイを忘れない。君を忘れない。ありがとう。心を込めて。リョウ」
ありがとう。
君は僕が非常識な世界で生きている事を教えてくれた。
名も忘れてしまった彼女が幸せに暮らしている事を心から願う。
タイからの帰りの飛行機の中。
僕の隣には下品なオヤジが座っていた。
オヤジは僕の横で酒を飲み、赤ら顔になってゆく。
4~5名の団体であろうか。
様々な事を思い返しながら窓の外を見ていた僕に横のオヤジが大声で言った。
「なぁ、兄ちゃん!兄ちゃんもタイでいい思いしてきたか?」
僕は血の気が引いた。
「なぁ!どんないい思いしてきたんだ?」
言葉が出なかった。
「兄ちゃん!なにカッコつけてるんだよ!」と言われた言葉の終わる前・・・。
気付くと僕はオヤジの胸倉を掴んでいた。
「てめぇ、殺すぞ」
僕は冷たく静かに凄んだ。
慌てたスチュワーデスが飛んで間に入る。
僕は言った。
「俺の視界からこの下品なオヤジを消してくれ。」
狼狽していた下品なオヤジは何処かへと消えてくれた。
「これが僕の生まれた国なんだ。」
「これが僕の生まれた国の現実なんだ。」
そう思うと悔しかった。
僕達の生きている場所だけがこの世では無い。
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