冬を前にしたこの時期、クマの人的被害が過去最悪を記録する中、イスラム組織ハマスがイスラエルに大規模な攻撃を行いました。
ところで、イスラエルってコロナワクチンの接種が世界に先駆けた早さで進んでましたよね。
さて、このニュースを理解するには、ある程度この地の歴史を知る必要があります。
まず、イスラエルってどんな人種が集まってできた国か分かりますか?
答えは、ユダヤ人です。
ユダヤ人は歴史上、様々な理由で迫害を多く受けて来た人種です。それを憂いて、かつて自分達の王国があったパレスチナの地へ戻り建国したいというユダヤ人達の動き(シオニズム運動と呼ぶ)を国連が聞き届けたのが1947年(私は、『どっちみち行くしな〜(1947)パレスチナ』で覚えました)のパレスチナ分割決議です。
因みに、パレスチナって国ではなく地域の呼び名です。国家ではないので「暫定自治区」と呼ばれたりします。
ともかく、これによりイスラエルが建国されましたが、元々パレスチナに長年住んでいた人々は納得できません。翌年、周辺のアラブ諸国がイスラエルへ侵攻を開始します。これが第1次中東戦争。
この後4度に渡り戦争が勃発しますが、毎度イスラエル(ユダヤ国家)はこれを圧倒し遂にはパレスチナ全体を掌握してしまいます。
しかしその後もパレスチナ(アラブ)側によるイスラエル(ユダヤ国家)への抵抗運動(インティファーダと呼ぶ)が続く中、当時の米・クリントン大統領の仲介により1993年(私は、英断繋がりで『育休さん!』と覚えました)オスロ合意が結ばれます。
が、のちのイスラエル首相アリエル・シャロン氏による『神殿の丘事件』により、和平交渉は完全に決裂。両者の関係は泥沼化し、一昨日のニュースに至る訳です。
もう一度、まとめます。
・約2000年前、ローマ帝国によりユダヤ王国は滅亡し、ユダヤ人達は世界各地へディアスポラを余儀なくされた。(キャプテン翼のディアス君はチリチリのパーマ髪、と私は覚えました)
・19世紀に入り、ユダヤ人達の中でシオニズム運動が起きるようになった。(旧約聖書にあるエルサレムの神殿の丘「Zion(シオン)」から由来)
・中東戦争(イスラエル)による制圧後も、パレスチナ人達のインティファーダは途絶えることなく続いた。(石を投げたらダメファーダ、と私は覚えました)
・オスロ合意が結ばれるも、神殿の丘事件により和平交渉は決裂。現在に至る。
記憶の仕方として、私は
『イス(ラエルという国)を、パレス(チナという地)に無理矢理、どんと置いてしまった【イスパレス問題】』
とイメージしました。
余談ですが、ユダヤ人とパレスチナの争いはなにか日本で言う所のアイヌの地やアイヌ民族に対する差別や歴史的紛争と、また神殿の丘の嘆きの壁と岩のドームについては靖国神社の合祀問題に近いような気もしました。
本日は以上です。
いつもお疲れ様ですo(_ _*
