時に人は、"がんばること"と、"独走すること"がごちゃごちゃになっていたりする。
自分一人で問題を解決しようとすると
その問題が一人で解決するべき問題じゃないときに、さらに大きな問題となって後になって襲いかかってくる。
人の個人の力は確かに強い。
けど
すごく弱くもある。
人に頼ることと、人に甘えることは違う。
頼られると、人は意外にも喜ぶことが多い。
だから、人を信頼することが大切なんだなって思う。
人はどんなに独りが好きでも、心の奥では本当は誰かと繋がっていたい普遍的欲求がある。
独りでいたいのは独りが好きだからというよりも独りが楽だからだろう。
人との付き合いは気を使うし、価値観の違いでトラブルにもなるし、イライラするし、めんどくさいことが多いのは確かにあるでしょう。
でも、人が成長するのは独りでいるときじゃなくて誰かとぶつかった時に、「何を気づくか?」によって大きな成長が生まれる。
意外にも
---「自分は間違っていたのかもしれない。」---
と思ったときに大きく成長する。
僕は誰かのためにがんばっていたことが
誰かのためだと言う理由を盾に独走していたんだなと気づかされた。
僕は僕の長い天狗の鼻を鷲掴みにされてちぎられた時から、僕の勘違いを気づかされた。
もちろん100㌫間違いではない。
正しいことだってあった。
だけど、その正しさはそこに必要のない「正しさ」だった。
自分の「正しさ」ははたしてその場面で必要なのか?を考えてみる。
時に自分の「正しさ」が邪魔をしてしまうかもしれないから。
カラオケボックスで騒ぐのは正しいけど、図書館で騒ぐのは正しくない。
カラオケボックスで静かにいるのは正しくないけど、図書館で静かにいるのは正しい。
「騒ぐ」ことは正しくもなるし、間違いにもなる。
自分の"正しさを信じる強さ"と"正しさを疑う勇気"が必要ってこと。
人は自分を信じて貫くことと
自分を疑って修正していくことの
そのバランスがあってはじめて
本当の自分の正しさという価値観を築いていくのだろう。