エリック・ホッファーという在野研究者(大学などの研究機関に属さずに研究するひと)がいます。
下記は、著者の略歴です。
アメリカの社会哲学者・港湾労働者。
1902年7月25日、ニューヨークのブロンクスにドイツ系移民の子として生まれる。
7歳のとき失明し、15歳のとき突然視力が回復。
正規の学校教育を一切受けていない。
18歳で天涯孤独になった後、ロサンゼルスに渡り、さまざまな職を転々とする。
28歳のとき自殺未遂を機に季節労働者となり、10年間カリフォルニア州各地を渡り歩く。
41年から67年までサンフランシスコで港湾労働者として働きながら、51年にThe True Believer を発表し、著作活動に入る。
この間、64年から72年までカリフォルニア大学バークレー校で政治学を講じる。
つねに社会の底辺に身を置き、働きながら読書と思索を続け、独自の思想を築き上げた「沖仲仕(おきなかせ Stevedore)の哲学者」として知られている。
83年5月20日、死去。
アメリカ大統領自由勲章受賞。
著書に『大衆運動』(紀伊國屋書店)、『波止場日記』(みすず書房)、『現代という時代の気質』(晶文社)、『エリック・ホッファー自伝』(作品社)ほかがある。
(Amazon データより)
著者紹介をたどるだけでも、にじみ出てくるかっこよさ。とてもかっこいい生き方をされた人です。
そんなホッファーのようにわたしもなりたい、と思ったらこれ。
著者の荒木優太さんは、現在日本で活躍する在野研究者の一人です。
彼もまた、ホッファーに感銘を受け(たかどうかはしらないけど)、在野研究者というアウトサイダーの道をゆく一人なのですが、彼が在野研究についてまとめ、その心得を記したのがこの本です。
ホッファーの文章を読むと、研究機関にいる人にはない身近さを感じるのと同時に、よりリアルな生の手触りを感じます。
それこそが、在野研究者の魅力であり、醍醐味であると思うのですが、中上健次は次のようなことを述べています。
ホッファはまず生きている。働いている。
自分と同じように生きてものを考えている沖仲士、
生きてうごいているこの現実をみつめ、触り、感じ、書く。
(中略)
ホッファの文章は、先っぽのほうまで実の入ったいんげん豆のように、確実な手触りがある。
カッコよさを紹介するのはこれくらいにしておいて、本書では、大学や研究所以外の場所でガクモンを行うことはできるじゃないか、という可能性を示してくれています。
高学歴ワーキングプアといった言葉があるように、多くの文系大学院生がその専門性を活かせずややもすると路頭に迷いかねない。
大学のなかでの生き残りをかけた競争は狭き門でもあり、またとても狭い世間のなかで生きることを強いられ、その待遇も決して恵まれた身分とはいえない環境です。
そのなかで、さまざまな雑務をこなしながら自分の研究の時間を確保し、それを究めていくことは言うまでもなく大変です。
それら全てが解決するわけではありませんし、在野研究であっても厳しい立場と境遇に置かれるのは変わりませんが、それでも別の選択肢・可能性を示してくれるのは、とても勇気づけられることです。
本書の最後の心得に「この世界にはいくつもの<あがきかた>があるじゃないか」と著者はまとめています。
在野か学際か、どちらかの優劣を付けるわけでは決してなく、こんなやり方だってできるはず、と信じて進んだ先人たちが多くいます。
失敗することも多いと思いますし、光を当てられず消えてしまった人もいるかもしれません。
それでも、どこか在野研究者独特の視点によって、学問の世界が広がり、世の中が別の角度から拓かれていくことも、非常に魅力ある良い仕事だなぁと思います。
そんな、エリック・ホッファーのようになりたいです。

(※写真は南方熊楠記念館にある熊楠の部屋です)