紅葉や一面の落ち葉、ススキが見たくって、ちょっとした山とかに行きたいな、と思っているんだけど、体調が優れず、なかなか行けずにいます。
これは近くの公園で撮った写真です。
落ち葉がいっぱいでした。
クリスマスも近くて、街もキラキラとしているので、もっともっと撮りに行きたいなぁ。
ちょっと長いです。
自分も、広告の運用、SEO対策、データ分析などの仕事を4年ほどやっていて、代理店との付き合いも多かったので、なんとなく業界の雰囲気は理解しています。
ただ、電通のことはあまり知りません。
むしろ、ウェブ広告に特化していえば、電通なんてほとんど名前を聴くことはありませんでした。
セプテーニ、アイレップなどのほうが強い印象です。
ウェブ広告は、マス広告と違ってデータがはっきりと出てきます。
どれくらい表示されたのか。
そのうち何件クリックされたのか。
何件が購買、登録につながったのか。
さらに、ツールを遣えばどの登録がどれくらいの売上につながったのか、まで把握可能です。
そのため、費用対効果が如実に分かるわけで、そのぶん広告運用担当者としては当然、数字で成果を判断するし、運用を代理店に任せるのであれば、成績が悪ければ、他の代理店に乗り換えます。
冒頭の記事中の表現にいくつか気になる点があるので指摘します。
運用担当者はパソコンの前に常に座り、オークションで落とした枠への広告の入稿、差し替え、予算消化状況の確認など、つきっきりで様々な作業をしている。
たしかにそうなんですが、ある程度はツールで自動化できています。
手作業でなければならない部分は多く、手作業があるほどきめ細かな対応ができるので成果は上がるのですが、多くのクライアントを抱える代理店であれば、なおさら自動化のためのある程度のひな型などは用意されているはずです。
もし、それらが用意されていないとしたら、代理店の(上長の)勉強不足、経営努力不足です。
例えば、企業によっては100パターン以上のバナーを作り、オークションで落とした各ネットメディアの広告枠にそれぞれ配信する。
これも複数パターンを作るのは当たり前なんですが、基本的なデザインコンセプトを固めて、文言部分を変更、一部画像を変更など、部分的な修正や変更を加えた複数パターンを通常は用意します。
100パターンも作るの?というと大変そうですが、実際にはほとんどがコピー&ペーストです。
海外事情に詳しいネット広告関係者は「広告運用の手作業を軽減するツールもあるのですが、費用がかかることもあって、アメリカほど普及していません」と話す。
これも一面では正しいのですが、日本でも普及しつつありますし、昔からある信頼性の高いツールも存在します。
大手代理店であれば、独自ツールを作成しているところもありますし、地方に専門の部署を設けて、そこで一括して運用や報告書作成をしているところもあります。
ウェブ広告の管理画面は、ネット環境とパソコンさえあれば、どこでも見られるので、ある意味そうしたテレワークや地方での仕事にも向いています。
正しい知識と作業内容をしっかりマニュアル化していれば、効率よく運用できるし、多くのクライアントを抱える代理店ならではの工夫だと思います。
さらに、枠を確保してデータをとったあと、それを分析する人も必要になる。ネットメディアに溜まった加工される前の数字、Excelなどにまとめたデータ自体は、ただの数字の羅列にすぎない。読み解くには一定のリテラシーが求められる。
ほとんどのデータは、その後の分析のために加工しやすいCSVというエクセルに近いデータの形で出てきます。
多くの代理店では、そのCSVを貼り付ければ自動で報告書が作成されるひな形を作っています。(わたしも自作していました)
それも「ネット広告ならすぐデータが出せるだろう」と日々の報告を要求するところもある。ここでも「手作業」が発生するため、誰が担当するのか。結局、人手の問題になる。
CSVを出力して貼り付けるだけなら作業的には手作業ですが10分かかりません。
とにかくかんたんな日報を送るだけ、ならそれほど難しいことではありません。
問題は、こうした省力化がどれだけ会社としてできているか、だと思います。
「クライアントによっては、データ分析を期待して、前日の運用実績を朝までにというところもあります。そうなると、1日の運用を終えて、夜からレポートを作り始める。出来上がる頃には、朝になる。そんなことだって珍しくない」(電通社員)
クライアントの担当者のレベルにもよりますが、当然「プロ」にお願いする以上、自分より優れた分析を求めます。あるいは自分自身で分析するための元データ、報告書が欲しいところです。
ただ、それはそんなに高度な報告書じゃなくてもいい。朝出社して、画面から結果を出してエクセルに貼り付けてくれればいいんです。(日々の報告書に関しては)
そして、詳細な結果や分析については、2週間、1か月といった単位でまとめて出してくれればいいんです。
調べようと思えば、どこまでも膨大に積み上げることができるデータの山、要求されるレポート……。かかる人件費、過重労働に対して、利益そのものは低い。
代理店の利益は、初期費用やデザイン費+運用広告費の20%を支払う、という契約が多いと思います。
運用額が100万円ならそのうち20万円をプラスで支払います。正直、それが低いかどうかは分かりませんが、電通レベルの会社だとやはりCM制作とかに比べると旨みが無いと思われます。
ただ、ネット広告は参入しやすく、小さな代理店も多いので、競争が激しく、電通という一流企業のプライドがある以上、当然期待感も高くなるのだと思います。その期待に応えようとすればするほど、利益に反して労働量が増えていった可能性はあります。
運用を担当する子会社の社員も楽ではない。実際に業務関係があったネット企業の社員、電通社員は「(子会社は)人の入れ替わりが激しい職場」だと口をそろえる。
もともと、ネット広告の業界は、入れ替わりの激しい分野です。
付き合いのある代理店も、いつも担当が変わっていました。半年単位くらいで。。
その理由は激務ということもあると思います。夜中にメールが来ることも確かにありました。
でも、競合会社が多く、転職しやすい、ということがあるうえ、クライアントからの引き抜きあるいは、自社の広告担当者になる、という人も多くいました。
自社の広告担当者になれば、当然ですが、一社の分析に集中できるし、分析に長けた人物として重宝されます。代理店に手数料の20%を取られるより自社で運用したほうが効果が高いと見込む会社も多く、意外と転職ニーズが高いのです。
業務上でなんらかのミスが発生してもレポートを書き換えれば、つじつまを合わせる不正レポートを書ける。運用実績の裏をとるトヨタ自動車のような例は、ほとんどない。
運用不正の問題ですが、不正を見抜けないということは、広告担当者としてはあり得ない話です。運用開始日には、必ず表示されるか確認し、やはり一週間程度は日報をもらいたいです。運用開始時には、実際にどれくらいの消費量、消費スピードになるか読めないからです。
一番注視しなければいけないのが運用開始日で、入札が遅れているのであれば当然指摘します。
100万円の予算で30日間広告をだしてほしいという依頼があったとする。100万円では25日しか広告を出せなかったが、正直に25日分で終わったとせず、「30日まで配信をしていたと報告したケースがある」
入札のスピードが速く、期間内に予算分を消化してしまったなんてことはよくある話で、担当者もよく事情は分かります。
だからこそ、データを共有してほしいし、その都度こちらも表示を少し抑えて、とか指示できるのです。
それを正直に話すのならいいんですが、隠蔽し、嘘の報告をすることが問題です。
電通に求めるものは、精神論ではなく、スキームです。
もっと、広告代理店どうしの交流会や勉強会に行く、あるいは効率化システムを作っている会社と密に関係を作るべきです。
そして、自社に効率化のスキームを取り入れ、かつクライアントに正しいデータと報告書を送る、クライアントの無知を嘆くのではなく、プロとして分かりやすい言葉で伝える、そうしたことが求められます。
電通のクライアントが特別無茶を言うのかどうかは分かりません。
そういう体質ならば、一度そういう取引関係を見直すべきかもしれません。
CMなどのマスメディアとは全く性質の違うもの、ということをまず念頭に、ウェブメディアにもっと明るい側面、メリットをどんどん展開していってほしいです。

『夜の雨のバラード』 ミヒャエル・エンデ
私は、私の青春を眠って過ごした。
私の時間をすっかりむだにした。
私は待った、なにをかは知らなかったが。
私にはとても重要なことを。
人生は、お喋りのように過ぎてゆく。
戦場の夜警のように過ぎてゆく。
夜、雨がふると、
前日の跡形はどこに?
『夢のボロ市』p.85 より
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久しぶりに、古本屋で買った本を眺めていて、心に残った詩。
エンデの描く物語は、子どもや弱い人にとても優しくて、大人にはとても厳しい。
日常が退屈なのは、あなたのせいではない。
世界が暗いのは、あなたのせいではない。
「暗い時代だからこそ、明るい歌をうたおう」
京大を出てニートをしながら、いつのまにか本を出したりいろいろしているphaさんが、こんなことを書いています。
ずっとダメ人間に憧れていた。
小さい頃からずっと、学校に適応することや友達を作ることが苦手だった。世間の普通から外れて飄々と生きているようなアウトローな人に憧れがあって、中島らもの本などをよく読んでいた。らもさんの本にはどこか変で普通の社会には適応できないけれど魅力的な人たちがたくさん描かれていて、僕もこんな感じで生きていけないだろうか、と思った。
小説なんかに出てくるダメ人間は、ダメだけどなんかかっこいいところがあります。
私も川上弘美の小説に出てくるダメ人間や、もっと古い、夏目漱石や太宰治、谷崎潤一郎に出てきそうな、大した稼ぎもないけどなんとなく世を憂いていて、本の世界に入り浸ったり散歩してみたり、世間から疎んじているような人たちに対する憧れみたいなものを持っていたりします。
現実には、多くの人は、そうした小説に出てくるダメ人間をある意味羨ましくも、どこか遠い存在として見ていて、やはり自分はそんな世間に竿立てて反発するようなこともできず、堅実に働くしかできないでいるのだと思います。
東京にはふらふらとしている変な奴がいっぱいいて、なんとなくネットで遊んでいるうちにいろんな人間に会うことができた。
それはそれで楽しかったのだけど、いろいろな人に会ううちに思ったのは「自分はそんなにダメではないかも」ということだった。
どうも、人の評価を聞いたり客観的に状況を判断したりしてみると、実は自分はわりと頭も回るほうで、しかも人格的にもそれなりに安定していて人に好感を持たれるほうのようだった。平均よりも。
自分はダメ人間だと思っていたけれど、そんなにダメじゃなかったのかもしれない。それを認めることはショックだった。
いろんな人が世の中にはいて、いいところも悪いところもいったん比べ始めると、その実キリがない、ということはよくあります。
でも、より高みを目指す方向に比べることも、より下の人を探すことも、どっちもあまり意味がありません。
周りを気にしたってしょうがないじゃん、と言ってしまえばそれまでなんですが、そんなに自分はダメじゃないかも・・、っていうのはダメな自分をある種のアイデンテイティとして持っている人にとってはやっぱりショックなのかもしれません。
私も自分のことをダメ人間だと思っています。
ダメ人間だと罵られて構わないし、むしろそれでもなんとか生きていけるんだから、みんなもっと気楽に生きていこうよ、と伝えたいとも思っています。
でも、「普通」に生きることが難しくて、レールを外れたり、あるいはうまく社会に適応できなかったりという人はいっぱいいて、能力もあるしいい人だけど社会には合わないんだよな、という人もいれば、性格的に人に嫌われやすいし、うまく人と接することができなくて全く社会に受け入れられないという人もいる。
普通に生きることが難しい、といってもその程度は本当に人それぞれです。比べることでもないし、またそれぞれの生き方がもっと「そんなもんだよね」とほどほどに肯定されるくらいがちょうどいい気がします。
ほどほどに認め合う、っていうのがいいなぁと思います。そんな仲間とほどほどに暮らせていけたらいいなぁと。
phaさんがダメ人間かどうかはともかく、そうした仲間とうまくてきとうにやっていけてるなら、それでいいんじゃないかな、と思います。
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