もうすぐ旧暦の新年。
それに合わせた訳じゃないけど、不要品の一掃を始めた。
そう、断捨離。
本や雑誌を選別していると、つい手に取って読み始めて切りがない。
仕事の資料になるものは別として、
その時々の趣味で集めた書物の処理がやっかい。
萩尾望都の「ポーの一族」やら「AKIRA」やら、
当時夢中になって読み漁り、その完成度故に手放せなかった漫画類も、
今回えーいとおさらばする事にした。
(手塚治虫の死亡時の特集雑誌も…)
本当にこれからも手に取って読むのか、
それとも「持っている」ことになんらかの安心感を持っているだけなのか、
その辺の見極めと執着の兼ね合いがなんとも微妙。
震災に遭われた方々の事を思えば、自分の身一つしか持って行く物がないときに、
この本や雑誌、漫画も含めて
自分の中にどれだけの吸収ができているのだろうか。
「持たない」ということに、全くの不安感も恐怖も持たない人間になりたいが…、
でもそれって、いわゆるマスターの境地なんだろうなあ。
道は遠い…。
ここ数年、松田恵美子先生の身体感覚講座のクラスに通っていますが、
いつも身体と心の密接な関係を気づかされて、目から鱗が落ちる想い。
日本人である私たちが、西洋化、現代化の中で忘れ打ち捨ててきた「日本人としての身体」
を、実に分かりやすく、そして深く教えていただいている。
その松田恵美子先生による、
和の所作も学びながら、大筆で大きな紙に願い事を書く
そんなワークショップ開催します!
旧暦正月の新月のエネルギー満載な中、
左手で書く事で、身体の深いメッセージと共に、
心の奥から湧き出る願いを全身にしみわたらせていきます。

書き初め
石橋を叩いて渡る、という言葉があるけど、リスク回避も甚だしくなると、
「石橋を叩きすぎて割ってしまう」のは昔の私のパターンでした。
それは、まあ色々な研鑽の末、多少はましになったかなと思うけど、
石橋を「渡る」ことが目的にならずに、「叩く」ことが目的にすり替わって
いたりもする。どうして、「渡らない」のだろう?
「渡り始めたけど」危なっかしくて、戻った方が良いんじゃないかと、不安が
胸をよぎったり。
でも本当に行きたい目的地が石橋の向こうにあると思っていたら、
結構別の石橋の先かもしれないし、それはすごく簡単に渡れるものかも
しれない。
今は時期じゃないから「渡らない」という確信が出るかもしれない。

願望リストや宝地図を作っても
青写真のまんまで終わる事が多いのは
どうしてでしょう?というのが昨日お伝えした、
23日のワークショップの骨子の一つです。
人によっては、夢や想いは遠きにありて思うもの、とばかりに、
現実よりも、写真を貼って眺めている方が本音かもしれない。
でも具体化のちょっとしたこつが分かると、
それはぐんと現実味を帯びてくる。
青写真の断捨離、棚卸しから、
自分の新たな未来を創造して行くお手伝いワークです。