もうすぐ旧暦の新年。
それに合わせた訳じゃないけど、不要品の一掃を始めた。
そう、断捨離。
本や雑誌を選別していると、つい手に取って読み始めて切りがない。
仕事の資料になるものは別として、
その時々の趣味で集めた書物の処理がやっかい。
萩尾望都の「ポーの一族」やら「AKIRA」やら、
当時夢中になって読み漁り、その完成度故に手放せなかった漫画類も、
今回えーいとおさらばする事にした。
(手塚治虫の死亡時の特集雑誌も…)
本当にこれからも手に取って読むのか、
それとも「持っている」ことになんらかの安心感を持っているだけなのか、
その辺の見極めと執着の兼ね合いがなんとも微妙。
震災に遭われた方々の事を思えば、自分の身一つしか持って行く物がないときに、
この本や雑誌、漫画も含めて
自分の中にどれだけの吸収ができているのだろうか。
「持たない」ということに、全くの不安感も恐怖も持たない人間になりたいが…、
でもそれって、いわゆるマスターの境地なんだろうなあ。
道は遠い…。
それに合わせた訳じゃないけど、不要品の一掃を始めた。
そう、断捨離。
本や雑誌を選別していると、つい手に取って読み始めて切りがない。
仕事の資料になるものは別として、
その時々の趣味で集めた書物の処理がやっかい。
萩尾望都の「ポーの一族」やら「AKIRA」やら、
当時夢中になって読み漁り、その完成度故に手放せなかった漫画類も、
今回えーいとおさらばする事にした。
(手塚治虫の死亡時の特集雑誌も…)
本当にこれからも手に取って読むのか、
それとも「持っている」ことになんらかの安心感を持っているだけなのか、
その辺の見極めと執着の兼ね合いがなんとも微妙。
震災に遭われた方々の事を思えば、自分の身一つしか持って行く物がないときに、
この本や雑誌、漫画も含めて
自分の中にどれだけの吸収ができているのだろうか。
「持たない」ということに、全くの不安感も恐怖も持たない人間になりたいが…、
でもそれって、いわゆるマスターの境地なんだろうなあ。
道は遠い…。
