遅ればせながら、
数ヶ月前に話題になった新書、
下重暁子著 「家族という病」 幻冬社刊 を最近読みました。
NHKの元アナウンサーであり、その後民放のキャスター等を経て
現在、執筆活動をなさっている女性です。
その内容はかなり舌鋒鋭く、日本の家族関係の危うさを
切り込んで指摘しています。
ちょっと、目次をご紹介するとー
・家族を盲信する日本人
・家族の期待は最悪のプレッシャー
・夫婦でも理解し合える事はない
・家族に棄てられて安寧を得る事もある etc
ずきずきする言葉が続きます。
もちろん、下重さんの意見でもあり、
全体がそうだとは言い切れない部分もありますが、
ご自身の生い立ち、ご両親の事も
かなり細かく記してあり、
その中で特に私の興味を引いたのは、
お父様についての記述でした。
もともと絵を描くのが好きで、画家になりたかったのに、
戦前の「軍人」の家、しかも長男に生まれ、
将校となるべく教育され、しかるのち将校となったが故に
終戦後は職を追われ、
家族を抱えて生きて行くために、
色々な事をせざる得なかった方で、
その鬱憤は家族にも向けられ、
年頃の下重さんは「変節した」父を観るのがいやで、
暗い家庭だったと述懐しておられます。
これまで何度か書いて来た事ですが、
時代、そしてその時代に飲まれる家庭が
小さい子供に求めるものは、
抗い難いものがあります。
今の世なれば、
絵を生業とする事にさほど反対する
親はそれほどいないと思いますが、
戦前の軍人の家庭では、
まさにタブー的な、あってはならない
事だったのではと、想像に難くありません。
いや、今だってご家庭によっては、
親の求める世界に子供を当てはめようとする
場合もあるかもしれません。
お子さんの行きたい方向が、親の望みと同じだったら
あまり問題はないのですが、
これが180度違うと、とんでもない悲劇が
生まれる場合もあります。
下重さんは、早くから独立を志し、
家を出て自活を始めて
自分の人生設計を構築しましたが、
全てのケースがそのように自立独立を
できるとも限りません。
親の求めることを受け入れられない自分に
罪悪感を持ったり、もしくは親に過度に反抗したり
する場合もあります。
このテーマは、本来の「開運」とは少し違うので、
この辺りで止めておきますが、
ただ、自分が本来やりたかったことを
時代や大人の要求で阻止されて、
そして時代の波に翻弄され、
ご苦労を重ねられた方の心中を思うとき、
現代の私たちは本当に「自由な選択」をしているのだろうか、
と思うのです。
このところずっと「開運」について
思うところを書いていますが、
「開運」の前に
自分が進みたい道、は
「誰かの期待」ではないか、
得たいものは「何かの刷り込み」ではないか、
という疑問を持つ事は良いポイントです。
刷り込みや他人の期待、から手に入れた物は
本当の満足を与えてくれないかもしれません。
他人の承認がないと、それを手に入れた、という
自分自身への承認ができなくなるからです。
また、それは盲目的に「次の目標」に駆り立てるかもしれません。
いえいえ、清貧になろう!と言ってるんじゃないですー。
とんでもない!
それから、どうしてもその状況の中で抗えないことだって
でてきます。
でも、ほんとうに自分が望むものってなんだろう、
と時々棚卸しをして点検してみるのも良いですよね。
私にはこの「家族という病」がひとつのきっかけでした。
数ヶ月前に話題になった新書、
下重暁子著 「家族という病」 幻冬社刊 を最近読みました。
NHKの元アナウンサーであり、その後民放のキャスター等を経て
現在、執筆活動をなさっている女性です。
その内容はかなり舌鋒鋭く、日本の家族関係の危うさを
切り込んで指摘しています。
ちょっと、目次をご紹介するとー
・家族を盲信する日本人
・家族の期待は最悪のプレッシャー
・夫婦でも理解し合える事はない
・家族に棄てられて安寧を得る事もある etc
ずきずきする言葉が続きます。
もちろん、下重さんの意見でもあり、
全体がそうだとは言い切れない部分もありますが、
ご自身の生い立ち、ご両親の事も
かなり細かく記してあり、
その中で特に私の興味を引いたのは、
お父様についての記述でした。
もともと絵を描くのが好きで、画家になりたかったのに、
戦前の「軍人」の家、しかも長男に生まれ、
将校となるべく教育され、しかるのち将校となったが故に
終戦後は職を追われ、
家族を抱えて生きて行くために、
色々な事をせざる得なかった方で、
その鬱憤は家族にも向けられ、
年頃の下重さんは「変節した」父を観るのがいやで、
暗い家庭だったと述懐しておられます。
これまで何度か書いて来た事ですが、
時代、そしてその時代に飲まれる家庭が
小さい子供に求めるものは、
抗い難いものがあります。
今の世なれば、
絵を生業とする事にさほど反対する
親はそれほどいないと思いますが、
戦前の軍人の家庭では、
まさにタブー的な、あってはならない
事だったのではと、想像に難くありません。
いや、今だってご家庭によっては、
親の求める世界に子供を当てはめようとする
場合もあるかもしれません。
お子さんの行きたい方向が、親の望みと同じだったら
あまり問題はないのですが、
これが180度違うと、とんでもない悲劇が
生まれる場合もあります。
下重さんは、早くから独立を志し、
家を出て自活を始めて
自分の人生設計を構築しましたが、
全てのケースがそのように自立独立を
できるとも限りません。
親の求めることを受け入れられない自分に
罪悪感を持ったり、もしくは親に過度に反抗したり
する場合もあります。
このテーマは、本来の「開運」とは少し違うので、
この辺りで止めておきますが、
ただ、自分が本来やりたかったことを
時代や大人の要求で阻止されて、
そして時代の波に翻弄され、
ご苦労を重ねられた方の心中を思うとき、
現代の私たちは本当に「自由な選択」をしているのだろうか、
と思うのです。
このところずっと「開運」について
思うところを書いていますが、
「開運」の前に
自分が進みたい道、は
「誰かの期待」ではないか、
得たいものは「何かの刷り込み」ではないか、
という疑問を持つ事は良いポイントです。
刷り込みや他人の期待、から手に入れた物は
本当の満足を与えてくれないかもしれません。
他人の承認がないと、それを手に入れた、という
自分自身への承認ができなくなるからです。
また、それは盲目的に「次の目標」に駆り立てるかもしれません。
いえいえ、清貧になろう!と言ってるんじゃないですー。
とんでもない!
それから、どうしてもその状況の中で抗えないことだって
でてきます。
でも、ほんとうに自分が望むものってなんだろう、
と時々棚卸しをして点検してみるのも良いですよね。
私にはこの「家族という病」がひとつのきっかけでした。