アメリカ生まれのシータヒーリングや、
その他アファメーション(宣言)を大事にするメソッドに出会うと、
一時的にやたらネガティブな言葉に敏感になり、
意識してポジティブな言葉を使おうとする(時代がある)。
思いっきり遊んだり、オフを楽しんできたところに「お疲れさま」と言われると
あれ、私疲れたことした? との見解になり、
意識が「疲れ」にいってしまうという事で、
少なくとも楽しい事の後には「お楽しみ様でしたー」
というのが、仲間内で挨拶になった。
まあ、日本語でも忌み言葉をあえてお目出度い言葉にかえて
災いを防ぐという事は古代からやられていたから、
(例えば「梨」を「有り」の実、と言ったり)
そう考えると、割合すんなり受け入れられます。
お店でよく言われるのが「すみません」。
個人商店や市場などで多いけど、
勿論こちらはお金を払って、品物を買うお客さんなんですが
品物を渡され、お釣りを渡され、その度ごとに、
やたら「すみません」を連発されると、
なんでそんなに「済まないことがあるの?50-50の関係なんだから、
もうちょっと堂々とすれば良いのに」など、
つい突っ込みをいれたくなる。
だから、自分では謝る事以外は、なるべく「済みません」を使わずに、
「ありがとう」を言うように心がけて来ました。
「本当はすごい神道」山村明義著 という新書を読んで
日本人を持ち上げ過ぎのきらいはあるけど、
日本文化をなかなか面白い視点で捉えていて面白かった。抜粋するとー
「すみません」 国際的には謝罪の言葉と受け取られがちですが、
本来の意味は相手に対して「このままでは私の気が済みません」という
相手に対しての思いやりを示している。相手(神)がいるお陰で自分も生かされている、
だから相手に対して何かしてあげなくては、自分の気持ちが済まない、
という美しい日本語なのです。ー
うーん、それでもやたら「すみません」を連発されると、
自分へのリスペクトというより、
「私はこの件に関して全ての責任を取れません、事前に謝っておくね」
という意図を感じてしまう。
考え過ぎ?他の主要な言語にはこういう表現って
あるのかな?
本を読み終わって、
皆さんは「すみません」をどんな時に使っているのかな?
とふと疑問が湧いたのでありました。
すみません、貴重なお時間の中、
最後まで読んでいただいて。
その他アファメーション(宣言)を大事にするメソッドに出会うと、
一時的にやたらネガティブな言葉に敏感になり、
意識してポジティブな言葉を使おうとする(時代がある)。
思いっきり遊んだり、オフを楽しんできたところに「お疲れさま」と言われると
あれ、私疲れたことした? との見解になり、
意識が「疲れ」にいってしまうという事で、
少なくとも楽しい事の後には「お楽しみ様でしたー」
というのが、仲間内で挨拶になった。
まあ、日本語でも忌み言葉をあえてお目出度い言葉にかえて
災いを防ぐという事は古代からやられていたから、
(例えば「梨」を「有り」の実、と言ったり)
そう考えると、割合すんなり受け入れられます。
お店でよく言われるのが「すみません」。
個人商店や市場などで多いけど、
勿論こちらはお金を払って、品物を買うお客さんなんですが
品物を渡され、お釣りを渡され、その度ごとに、
やたら「すみません」を連発されると、
なんでそんなに「済まないことがあるの?50-50の関係なんだから、
もうちょっと堂々とすれば良いのに」など、
つい突っ込みをいれたくなる。
だから、自分では謝る事以外は、なるべく「済みません」を使わずに、
「ありがとう」を言うように心がけて来ました。
「本当はすごい神道」山村明義著 という新書を読んで
日本人を持ち上げ過ぎのきらいはあるけど、
日本文化をなかなか面白い視点で捉えていて面白かった。抜粋するとー
「すみません」 国際的には謝罪の言葉と受け取られがちですが、
本来の意味は相手に対して「このままでは私の気が済みません」という
相手に対しての思いやりを示している。相手(神)がいるお陰で自分も生かされている、
だから相手に対して何かしてあげなくては、自分の気持ちが済まない、
という美しい日本語なのです。ー
うーん、それでもやたら「すみません」を連発されると、
自分へのリスペクトというより、
「私はこの件に関して全ての責任を取れません、事前に謝っておくね」
という意図を感じてしまう。
考え過ぎ?他の主要な言語にはこういう表現って
あるのかな?
本を読み終わって、
皆さんは「すみません」をどんな時に使っているのかな?
とふと疑問が湧いたのでありました。
すみません、貴重なお時間の中、
最後まで読んでいただいて。