ああ、やはりお二人でのお墓参りは叶わなかったのね、とがっかりしました。
皇后陛下も生前にお会いできなかったのだから、せめてお墓にはお参りしたかったのではないか、と思うのです。
お会いできなかったけれど、温かいお手紙を戴いたりして(静養にいらっしゃいというお誘いなど)交流はありお世話になったと思われます。
これって、すぐに思ってしまうのは、行かせてくれなかった(🥗の強いお気持ち)ということですが、もしかして、王族のお墓には陛下のような皇位を継いだもの…配偶者ではなく生まれながらの皇族…しかお参りできないのでしょうか。
それだったら仕方がありませんが、そうだったとしても近くまで行かれてもいいのではと思います。
ご自分は、当時の陛下にずっと肘掴んで一緒だったじゃないですか。
ヤフコメにもありましたが、音楽だったら皇后さまもご訪問されてもよかったのではないでしょうか。
それで思うのは、ご訪問前の予定を決める際に、皇后さまのお出ましできる数というものが決められてしまっていて、どうしても出なければいけないものを除いて、これだけと言われていたのではないでしょうか。
こういう結果を見るとどうしてもそう思わざるを得ません。
羽田空港出発シーン、ロンドンのスタンステッド空港に降りて歓迎を受けるシーン、ホテル到着シーン、そして二日ほど外出禁止にされて、ウィリアム皇太子のお迎えを待っての歓迎式典へ参加、馬車でのパレード、日本所縁のものをご鑑賞、ウェストミンスター寺院の無名戦士の墓への献花、晩餐会ご出席…とまずはここまで。
あとはまた外出を禁止されて、国王ご夫妻へのお別れの挨拶をして、子供博物館見学…今ここまで。
これって、子供博物館だけだったということですよね。
たった一つだけって、あんまりじゃないですか。
一つ選ぶならどれ?と聞かれて、子供博物館を選ばれた皇后陛下…
ここに恐らくですが、馬車パレードは出る出ないの攻防戦があったのではないかと思います。
(もしかしたら🥗は、晩餐会さえもダメって言っていそうですが、それはあんまりだって陛下も側近も反発されたのかもです…妄想です)
国王側は、側近も乗せてしまえばまさか皇后さまだけ乗れないのはおかしいと思って、主席随員とチョーカンと女官長を乗せたのかもしれません。
最上級のオープンタイプの馬車に…🥗さまが乗れなかったオープンタイプの馬車!
🥗の意を汲んだ971側は、陛下と国王だけの馬車パレードで、と言い張ったかもしれません。
単なる個人の妄想ですが。
まぁ、もう終わってしまったことなので、仕方がありませんけど、このことはずっと忘れませんよ。
そして、私が朝起きてすぐに見て、おおお~~~!!!と感動したものがこちら。