他人と私 | lowのブログ

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日々の日記

他人同士は繋がっている。

私はその世界に影響を与える部外者。

他人はその立場をわきえろと言っている。

部外者だから集団の維持に利用できればそれでいいし、負があるのなら何をやっても構わない。

そんな存在からなかなか脱却できるかできないか。

精神的には温かさや優しさも甲斐もみれるが、

現実は部外者からの干渉にに辟易するだろう。

何か私にしてくれていても私の反応で手を変え品をかえ一致団結する。

優しければ暖かいし、怒れば最低になるし、あまり寄り添ってという事はないので

自分たちのイメージ通りに私が表現される。

そしてやってもらうほど私は孤立する。

人とつながらないので。

つながらないからこそ、構ってくれている方に誰が何をしているのかその正しさに疑問をぶつけられる。

多分色々最悪だとは思う。


ぞっと部外者ならそんな労力もかけないままいいところは利用できるだろう。

私を含めて私を含めたらいけないかもわからないが、寄ってきてくらてきた他人に何をしてるのだろう。

小さい頃から部外者としたものであるのでずーっとそれを面にいてきたし嫌われるだろう行動もして

部外者であった。

他人には私の人生を逆算されて生きている。

私はそれを嫌がるというか。what happen stance で生きてるのだが、許されない?

なぜ私は他人に逆算されるのだろう。

何され何されるかわからないので自分から影響を与えようとはなかなか思わない。

今まであった方達がそれぞれ幸せでないと多分心から感謝できない。


私は自分の問題をそこまで重くみていない時があるが、色々とねじ込んでくる人も大勢いてるので

理由を出すとみんなが立っていることの酷さが浮きボリになる。

軽くしていけばいいとは思うが。執拗にねじ込みすぎて私が自分を露呈していくと、

みんなのやっていることが他人に対してどう言ったものかの客観的判断ができるようになる。

殿しめばいい。私は部外者で他人に楽しまれる存在?

私自身の楽しさはどこへいくのか?みんなの楽しさだけ受け入れて私は苦しむだけか?

他人はそんなもんだと思い。逆に暖かい方は暖かいと感じながら自分が楽に他人に安心を与えられる生き方ができればいいかもしれない。

 

2023-10-23