こぼれおちる人
NHKの、SOMGSスペシャルで、星野源ちゃんが、「これまでの家族の曲で、いいなって思う曲は、親がいて子がいる、みたいなMVで、じゃあ子どもがいない人はどうしたらいいんだろうとか、すごくいい曲なのに、部外者お断りみたいになっているのが、もったいないなって思っていて。そういう、あぶれてしまう、こぼれおちてしまう人がいないような曲を作りたいなって思っていて。一緒に住んでいなくても家族だし、両親が同性とかいう家族もこれから増えるだろうし、多様な家族があるから。」というようなことを、言っていて。なんか、涙出そうになっちゃったんだけど(笑)話は変わるようだけど、イエローモンキーの再集結にあたって、ずっとずっと、勝手に感じている、さみしさ。部外者感。「みんなのイエローモンキー」になるとかいって、その「みんな」は、平均的な「みんな」だ。平均的な人っていうのは、学生の頃や、20代でイエローモンキーが好きで、この15年の間に結婚し、家庭をもち、子どもを育てている。それが、ステレオタイプな、イエローモンキーのファン。それか、解散した間にファンになったという若者。その両者が、最も多いとされる(?)ファン。理想のファン。「みんな」それ以外は、いないファン。イエローモンキーは、みんなのイエローモンキーではない。私だけの、イエローモンキーだったはずだ!!それなのにそれなのにっていう、怒りと、被害妄想みたいな気持ちでいっぱいになっている。ずっと。「みんな」とか、ない。みんななんて、どこにもない。ずっとひとりぼっちで、いつもライブはひとりで、特になんの自己実現もしていない独身だっているのだ。でも、そういう人は、見えてない。目に入ってない。対象とされてない。いないのも同じ。そんなのは、イエローモンキーじゃない。音楽は、「みんな」に属することができない者のためにこそ、あると思っている。私だけの音楽だから、良かったのに。SNSとか。馬鹿みたいだし。でも、再結成、しかも、特にやりたいことがあるわけでもない、表現したいことがあるわけでもない、再結成とは、こういうものなのか?