命に右も左もない

 〜 善悪二元論を超える視点 〜

 

 

 

 

 

なぜ、この世界から争いはなくならないのか。
なぜ、人は人を傷つけるのか。
なぜ、人間は平和を体現できないのか。

 

日々問い続ける中で、私なりに辿り着いた答えがあります。

 

それは——


世界を見つめる“視点”を変える必要がある、ということ。

 

 

 

 

 

こんにちは。
現実(リアル)と非現実(ファンタジー)の間から見える世界を

テーマに発信している、愛梨です☺️💐

 

 

今日は、善悪二元論から脱却するために必要な
「世界の見方」についてお話します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は牡羊座の春分。
新たな始まりのエネルギーが流れるタイミングです✨

 

これから世界は、大きな変化の流れの中へと進んでいきます。
それは人によっては、混沌にも、恐怖にも映るでしょう。

 

だからこそ今、必要なのは
揺るがない自分軸の確立と“視座の向上”です。

 

 

 

 

 

先日、痛ましい事故が起こりました。

修学旅行中の平和学習の中で乗船した船が転覆し、
船長と女子高生が命を落としました。

私はこの出来事に対する様々な論評を見て、
強い違和感を覚えました。

 

 

 

命に、右も左もない。

 

 

 

これが、私の率直な感覚です。

 

 

 

 

 

今回の問題はとてもシンプルです。

 

 

  • 無登録の船に学生を乗せた可能性
  • 波浪警報の中で出航したこと

 

つまりこれは、
安全と管理の問題です。

 

 

 

しかし議論はいつの間にか、
思想の話へとすり替わっていきます。

 

 

右だから、左だから……

活動家の船に乗ったから、辺野古移設に抗議してるから……

保守は善、左翼は悪……

 

 

そうした言葉が飛び交う中で、
失われた命への敬意すら薄れていく。

 

中には、女子高生に対して
「自業自得」と言う声すらありました。

 

 

それはもう議論ではなく、
感情の暴走だと私は思います。

 

 

 

亡くなった人に対してできることは、ただ一つ。

哀悼の意を示すこと。

 

そして私たちがやるべきことは、
原因究明と再発防止。

 

それ以上でも、それ以下でもない。

 

 

 

 

 

ではなぜ、人はそこに思想を混ぜてしまうのか。

 

それは、人が
「理解できない現実」を
自分の価値観で処理しようとする生き物だから
です。

 

きっと、その方が安心できるのでしょう。

理解できないものを理解できたつもりになることで、

人は全能感を覚える生き物なのだと改めて感じました。

 

 

 

でもその瞬間、
出来事は「事実」ではなく
「主張の材料」に変わってしまう。

 

 

 

私はこれを、
善悪二元論の罠だと考えています。

 

 

 

 

 

右か左か、正しいか間違いか。

 

そうやって世界を単純化することで、
私たちは“本質”を見失ってしまう。

 

 

 

思想に囚われたとき、人はこうなります。

 

 

  • 個人を“象徴”として扱う
  • 命を“議論の材料”にする
  • 共感を“敵か味方か”で判断する

 

 

そしてついには、
人としての感覚すら鈍っていく。

 

 

 

 

だから私は、世界を見るときにこう意識しています。

 

 

 

  • 事実と感情を分ける
  • 構造と思想を混同しない
  • 個人を「記号」にしない

 

 

 

そして何より、
人としての感覚を最優先にすること。

 

 

 

この世界から争いがなくならない理由は、
とてもシンプルかもしれません。

 

 

 

 

 

多くの人が、
「自分の正しさ」を証明することに夢中で、
「現実」を見ていない
から。

 

 

 

  • 左である自分
  • 右である自分
  • 保守である自分
  • 辺野古移設の抗議活動を善とする自分
  • 辺野古移設の抗議活動を悪とする自分

 

 

 

多くの人が、自分の思想や主張の正しさを証明するために

今回の事故を無意識に利用してしまっている。

 

 

そして、多くの人はそれに気づかないまま

あらゆる憶測を、あらゆる主義主張を、

あらゆる正義を、あらゆる悪を

自分なりにカテゴライズして、

本来、最も大切な死者への哀悼の気持ちすら忘れてゆく。

 

 

 

私は、いつも

世界を見つめること
本質を見極めること

この視点を忘れずにいたいと思っています。

 

 

 

そしてこの価値観が、
まだ見ぬ同志たちへ、静かに届いていくことを願っています。

 

 

 

最後にひとこと。

 

 

 

思想のために命を語った瞬間、その言葉は命を軽視し、

己の主義主張を正当化するためのツールでしかなくなる。

 

正義を語る人が増えるほど、命が軽くなることもある。

 

 

 

ここまで読んでくれてありがとうございます🌙

 

どうぞ、素敵な夜をお過ごしください🌃🛀✨🩷