警察に第一報が入ったのが6時55分…
辺りは夕闇が迫り 街灯や車の電気が明るく感じ始める時刻
5月1日…ダイニングの自分の椅子に座り
何時もと同じ様に窓の外を眺めながら
何でこんな時間に…何でバイクを降りてあんな所を歩いて居たんだろう
それは2日の日も 3日の日も変わらず
何時そう思わずに居られる時が来るのだろうと…
死亡診断書の死亡時刻は10時05分と書かれたけど
「心肺停止で即死でした」と言われた言葉に
6時50分位にはもう事故は起きて居て 兄いは旅立って居たんじゃ無いかな
そう思う様に成り 夕刻が迫って来ると
胸がザワザワとし 呼吸が苦しく成る
そして 涙がポロポロと溢れ出てくる
30日のあの時から 泣く事が出来なかった
旦那が帰って来て 旦那の顔を見て…胸の中で思いっ切り泣いた
その後は 出来る限り泣かない様に…って思って居たのに
ここに来て急に ザワザワと苦しく成る様に成ってしまった
泣ける時には泣けば良い って自分に言い聞かせ
それでも 苦しく成る胸にはこのまま自分が吸い込まれるのでは無いかと
変な恐怖にどうして良いのか判らなく成る
今日は実家に出来上がった兄いの遺影を届けた
葬儀会社に頼むのでは無く 唯一前を向いて撮った写真
免許証の写真から 何時もお世話に成って居る写真屋さんに
無理を言って 遺影の写真を作って貰った
三白眼がコンプレックスで写真嫌いの兄い
写真屋さんが「わからない程度ですが」 と言って 写真を修正してくれた
もう1枚は 大好きな釣りをして居る後ろ姿
2枚を1組にして 届けたら 父も母も泣いて居た
後になって判ったが あの日 地元の駐在所勤務の警察官の方が
実家から救急搬送された病院へ パトカーで送ってくれたそうだ
(私は父からの電話で家からチビと向かった)
色々なことが終わり 午前2時近くに 病院から自宅に戻ったのだが
その時 警察官の方は 「もう時間も遅いですから気を付けて では明日」と言って
両親を実家に連れ帰ってくれた
今思えば タクシーを呼ぶなり 色々考えられたのに
警察官の方々には感謝の気持ちで一杯です
(後日 兄いの私物が無い件でもお世話に成りました)
父方の寺の宗派は「法華宗」と今更知ったのですが
法華宗の僧侶の方は少ないそうで…
日本人の大半は「仏教徒」という事で
明日 お見送りのお経を読んで頂く事にしました
母は反対して…それでも 父が葬式も出してやれないからなぁ…
と言った一言に 娘のワガママで来て頂くことにしました
今もザワザワと胸が痛いですが…書く事でチョッと落ち着いたかな
明日の今頃は全部終わって 気が抜けた様に成って居るかも…
後は時間薬しか無いですね(涙)