葬儀中から書き始め 今日UPするまでに
色々な心の葛藤があり その時に思った事をありのままの
気持ちで書き綴っています

その為 一部表現の良くない書き方もありますが
その時々の素直な気持ちを書き綴って居るので
気分を害される可能性のある方は 詠み飛ばして頂ける事を願います
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          今年咲いた 我が家の「関山桜」


















祖母は脳梗塞の後 病床から旅立ち

前夫の父(義父)は「自死」からの
救急救命→看取りと成り

今夫の父(義父)はクモ膜下出血により
2週間の介護の後 看取り

今夫の母(義母)は癌により闘病
入院から1週間足らずで看取り

弟を交通事故にて 看取り


私の人生は何と見送る事の多い人生なのだろうと

昨日の弟の葬儀の時に思った…

旦那には「長く生きていれば順番から行ったって送る方だろう」
と 言われても 人生折り返しとチョット…
何も無い人は 一度として立ち会わなくても済む事じゃ無いのかな…


弟は検死が控えて居たため 残念ながら「献体」が出来ないまま
見送る事に成ってしまったが
取り乱した母の姿を見たら言う事が出来なかった

全身をくまなく見た訳では無いが…


眉間からこめかみに掛けての解放骨折には大きなガーゼが当ててあり
顔は何処にどう当たったのか 顔中傷だらけで 出血跡が酷く
生前の兄いの顔ではありましたが ショックは大きかったです

肋骨 背骨 足の骨が折れて居ると言われても
左胸の下に大きな切開創がありナート(傷を縫う)してありましたが
(肺の中に出血した物を抜く為と開胸心臓マッサージの為)
身体は挫創も無くとてもきれいでした

警察から引き揚げ 葬儀社に葬儀まで預かって頂いたのだが
火葬場の予約が取れず 火葬迄に事故から1週間…

葬儀社の方は専用のお部屋なので状態はそんなに悪くは成ら無いと思います
の 言葉にそのまま預かって頂いた


義父さんは火葬迄にやはり1週間…
自宅にて安置して居たが
1週間後には 可哀想な姿に成ってしまい悲しみが深く成ってしまった

幸な事に義母さんは逝去から3日目には荼毘にふす事が出来 そのままの姿で見送る事が出来た

病気で亡くなっても…
自死で亡くなっても…
事故で亡くなっても…

葬儀まではバタバタで故人とゆっくりお別れも出来ず 見送ると言う事
何度 携わっても その思いは払拭される事無く 後悔ばかり


葬儀社に預かって頂いたので
火葬の前に斎場のお別れの場が お別れの場

「その数分が最後に会える時間」

色々話し合って 事前に入れたい物を用意して居れても大丈夫か
確認を取り 1つ1つ準備した


一年中着ていたお気に入りの革ジャンを入れ
何時も着ていたTシャツを入れ
お気に入りのジーンズを入れ
新しい靴下を入れ

大好きだった「けろけろけろっぴ」のマスコットとタオルやハンカチ

お花の代わりに母が元気な時に折った
たくさんの折り鶴を入れ…


父が2人で作りながら 最後は自分で作れず 
父が完成させた兄いお気に入りの釣りのウキも居れた


悲しみの持って行き場が無かったのだろうが 母が胸近い長さの髪を
いきなり五分刈りにしたのだ

その髪も兄いに持たせた…


母は棺の中の弟にしがみ付き 名前を呼びながら泣き叫んでいました
泣きながら 頭を撫ぜ頬を寄せ…

誰もが涙していましたが…
母の愛や想いに叶うものはありませんでした


突然の交通事故死 長年母の介護生活ばかりで
交友のあった友人はほぼ無く…家族で見送ると決め

落ち着いたら たまには会う友人や前妻に連絡をしょうと
父の希望を優先しました


まぁ…額の傷も大きかったし
顔中傷だらけで 後から会う人にショックに成っても と言う
心苦しいと言う判断かな(涙)

今更だか…火葬迄時間があった訳だし
顔の傷 エンバーミングをお願いして
もう少し兄いらしい姿で
送る事も出来たんじゃ無いかなぁ…と

もう少し考える時間があれば
もっともっと色々な事が出来たのでは無いが…

とは言っても…
出来れば後悔の無い様に 生きて居るうちに
色々してあげれば良かった(涙)と 色々思ってしまう

ここ数年 小さなすれ違いと言うか 私が忙しく成り
心に余裕が無くなって チョッと意味不明なメールを送って来たりすると
その事が許せなく キツイ言葉で言い返していた

日々 母の介護の生活で疲れ果て
それでも フッと私がした昔の事に感謝したくなり
夜の夜中に 「あの時はありがとう…」
それも 兄いも眠剤を使って居たので 意味不明のメールだったりで

「まともな時以外はメールしてくれなくて良いから!!」
携帯や機械ものが苦手だった兄い メール友達も居なくって
携帯を開け 感謝の気持ちを送ろうと 寝ぼけた頭で送ったメールが
何年も前の 感謝のメールを再送…

そんな 兄いを許せず キツイ返事ばかりしていた…

火葬炉から出て着た兄い…
「お若いから骨がしっかりされてます」と言われた あんなにコーラ飲んでたのに(笑)
義両親とは違い 大きな骨がたくさんあった


頭蓋骨もほぼ原型のまま出て来たが
左目の上からこめかみにかけては
大きなヒビが入って居て…

もしかしたら…このヒビは…と
お骨を拾いながら胸が痛く成った

どれが致命傷じゃな無いんだもんな…
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火葬場から実家に帰る途中
お世話に成った駐在所の前を通ったのだが
偶然にも 駐在所の反対側の交差点に
あの時の警察官の方が立って居た

警察官の方は信号で前を走り去る我が家の車には
気が付かなかった様だか(当たり前ですね) 普段から顔見知り(笑)

事故の一報から何から何まで本当にお世話に成った駐在所であり警察官の方々でした

遺骨は暫く実家に安置

裁判等全部終わったら おいおい安住の地を探す事にして居ます

近くの寺町に先祖代々の墓があるのだが…
第1候補は 元気な頃は一年中ダイビングをして居たので
海洋散骨かな…

散骨するまでには 産まれて直ぐに生き別れ状態になって居る
兄いの子どもを探さなきゃ

子どもには…兄いが父親だとは知らせて居ない様な話だが
事実として兄いが親であり その子の名前を付けたのだ

未だ未だ 先が見えない位長い時間が掛かりそうだが
残った物の務めとして 1つづつ解決して行くしか無いんだな