葬儀の後の書類の山と格闘している日々が続いてます。


なんて面倒なんでしょう~~~。


区役所に先週の 水・木・金 と通い、それでも足りずに今日も行き、いまだ書類が足りずにまた行かなくてはならない。。。


せっかちな為か、しばらく待っていれば「この書類をもってこい」という知らせが、それぞれ届くのでそれが届ききってから行けばいいものを、届く前に行ってしまい。これで終わったぞ!!!という頃にお知らせが届く ×× えっこんな所も書類いるんだ~~。


キット年内中にはこの書類の山との格闘は終わらず年越しするんだろうな!? 


喪中のはがきも印刷しないとならないし。



とても忙しい日々は終わりそうに無い。。。。


※ お通夜の席でブログやめちゃうの?とヤダ様のお友達に聞かれました。

まだまだ父に関係することで書きたい事がありますので、しばらく続けます。

それがなくなっちゃったら…。その時はその時でまた考えよう~~~



コメントいただいた方々へ

まことにありがとうございました。  一人づつにはお返事できませんでした。ゴメンなさい。

「いい加減重~い空気のままのブログ更新すれば」と旦那に言われやっと UP 致しました。


これまで痛みに耐えつつ、長年がんばってきたヤダロウさんですが


17年11月3日午後10時42分 やっと楽な世界に旅立ちました。


これから通夜・告別式の手配で忙しくなります。しばらくここに書き込めません。

コメントいただいてもしばらくはお返事できませんがお許しください。


このブログで多くの方に応援いただいて父もうれしかったと思います。ありがとうございました。

先週金曜日の夕方。病院からTEL「明日、先生が話があるとのことで○○時に来てください」


土曜日にその時間に会うように家を出かけ…。そのときにTELで「先生の都合が悪くなったので、月曜日にしてください」  ナンダものすごくあわてているわけではないんだ。


土日と結局いつもの時間に出かけ歯磨きをさせる。なにをしてても呼吸は辛そうだ。


月曜日 先生の話は

「レントゲンの結果、肺の状態はものすごく悪いと言うわけではないがあのとおり呼吸がいっぱいいっぱいなのでね。根本的な体力がなくなってきたという感じかしら。 胃ロウがあったのでそれに頼っていたけれど、

下痢をしてしまうので、それに頼らず高カロリーの点滴を入れようと思うのだけれど良いかしら。」


という内容だった。


軽いショックを受けながら帰ってきた。なんでやってくれないんだろう?と思っていた高カロリー点滴をやっとやる気になったらしい。いつもながら後手後手に感じるのは何でだろうか


今日、歯医者の日だったのでいつもよりは早めに着いた、婦長さんに聞くと「歯医者さんはもう来て主治医との相談の結果体調が思わしくないので来週にのばしてもらった」とのこと


部屋に行くと目も開けず。顎で精一杯呼吸をする父がいた。体力のほとんどを呼吸する事だけに使っているように見えた。 


パパまだいかないで、まだ話し足りない事ばっかりだから…。そう思いながら帰ってきた


今週もヤダロウさんはお風呂に入れた。 \(^o^)/


部屋に帰ってきて、じゅくそうの処置をするから部屋から出てって と言われる。


いつもながら納得がいかない。いいじゃないか!じゅくそうがどうなってるのか良くなっているのか、悪くなっているのか家族としては知りたい。  なんで部屋から出されるの?

気になったので1度部屋から出たが覗きに入る。3箇所あるじゅくそうは小さくなっている所と相変わらずの所とあるようだった。


最終的に点滴の針をさすから気が散るからでてけ。と言われ納得して廊下に出る。最近のヤダ様は点滴の針が入りにくくなっていて15分ぐらい掛かってやっと終わる。(途中でラコールが来たが針が入った時にはラコールも、お腹に入ってしまっていた。)

やっと入浴できることに...


なんていっても、8月のなかばに入ったきり。じゅくそうだって治らないって~

行った~と思ったらすぐ帰ってきた。濡らしたという程度。それでもじゅくそうにはいいはず。



先日退院して行って、もう二度と会わずに済むと思っていたオヤジ。外来でまだ来なきゃいけないらしく、来る度に病棟に顔を出す。今日看護婦に「入院仲間一人一人に挨拶しなくていいから、早く帰れ」と言われていた。


ざま~ミロ~。もう来るな~と思ってしまう。相変わらずの大人気ない私。

先日、病棟内で入院患者さん(50代ぐらいのおじさん)と仲良くなった。

いろいろ話しているうちに、ヤダ様の「イタイ・イタイ」が気に入らない(うるさいらしい)様子。それは誠にすいません。。

そのうちに、「あんたんとこのお父さんさ、痰取る“ズー”ってやつやってんだろ、あれやってるのってさ無事に退院して帰っていったヤツいないんだよね。だからキットこのまま帰れないよ」


無事に帰れないかもしれない事は泣きながら「呼吸器は付けなくていいです」と主治医に伝えた時から覚悟はしている。


覚悟はしているが、何の関係も無いオヤジにそんな風に言われたくなかった。ムッとしたままどう言いつくろってその場を抜けたのか覚えていない。


そのオヤジはつい2日前に退院していったので顔をあわせることなくなって清々した。ヤダ様は個室に入っていた事もあって名前は覚えられていたらしいが、そのオヤジは6人部屋にいたため、苗字すら知らない。


これで一生会うこともないだろうが、許す事はできない。(大人気ない私である)

9月11日(日曜日)


ブラジルに移住しているヤダ様の弟が、来日した。本人も12年に来日中に軽い脳梗塞を起こし、帰国が1ヶ月遅れた事がある。 (今回で来日は最後だと覚悟してきたらしい。)


成田に、伯母の所の孫達(私から見ると何になるんだろう)も迎えに来ていた。「おじさんには世話になっているから」と言う。


大人気ない私は、あんた達は叔父には世話になってはいるが、うちのヤダ様には世話になっていないとでも言うのか、見舞いにも来ず、「叔父さんどう?」の一言も無い。彼らに腹がたって一言も口を利かずに帰ってきた。


なんで、自分の足元もおぼつかなくなった叔父が遠いブラジルから来ることにしたのか、分かっているんだろうか。。。人工呼吸器を付ける付けないの件で”2週間が山だろう”といわれた事を連絡したので、どうやら叔父は来日を決心したのだ。


成田空港でコーヒー飲んでたらTBSの安東アナが隣のテーブルに座った、思ってたよりほっそりしていて、小柄だった。でもかっこよかったなぁ♪


ヤダ様はあいもかわず、熱がでてPーPーで。。。つらいのぅ



9月13日(火曜日)


叔父が病院に来てくれると言っていたが、突然親戚が合いにくることになったので延期になった。

ヤダ様は心待ちにしていて、迎えに行かなくていいのかと聞かれた。ごめんね明日に延びちゃったんだ。と告げると残念そうな顔をした。


熱も無く、Pー も止まり体調はばっちりだ!


9月14日(水曜日)


叔父達が来た。 が 。 。 。 心待ちにしていたヤダ様は7度8分の高熱を出し半分うなされているような状態だった。 オイオイ。


9月15日(木曜日)


前日の高熱はなんだったんだというほど、熱は下がってた。「もしかして、あんまりワクワクし過ぎて熱でちゃったの?」と聞いたら。ウンと答えた。 そっか楽しみにしてたんだね。


また来週来るけど、いつくるか今度は言わないでおくからね。



8月31日(水曜日)


とうとう、酸素のチューブが再開されていた。はぁ

ここ1週間7度台の熱が引かず、ピーピーがとまらず良い事なしです。


9月1日(木曜日)


それまでうちに来ていた訪問看護士からTEL。

1ヶ月経ったからそろそろ帰れるかしらと思って~。

と言われたが、排菌はこのところしていないようですが、発熱・下痢で、それどころじゃないです。と説明した。 とりあえず、退院ではなく転院ということで戻ってもこれないのかしらと言われました。


それはコッチが聞きたいです。いったい誰に聞いたら言いのでしょう?保健所の方?質問してもハッキリ教えてくれない今の病院の看護士?1ヶ月のうちに、たま~にしか見かけない主治医?


9月5日(月曜日)


どうやら、じゅくそうの他に、下痢によるかぶれができたらしく見せてもらってはいないのですが、おしりは真っ赤だそうで、1週間のうちに1回だけ来るという皮膚科の医師(院外の医師で通ってきているらしい)による薬が処方されてました。 

そろそろ、胃ロウから入れるのやめて1週間になるのでピーピーも止まるでしょう、そしたらかぶれは早いうちに治りそうだ。でも熱はどうなるんでしょう?


9月6日(火曜日)


今日の午後、西に向かって車で走っていると…。

ポツポツ…。 (あぁ降り出したか~)
カァ~。 (なんで明るくなるんだ?)
ザァーーー。 (本降りだ!)

明るくってやたら眩しい上に雨が本降りで前が見えにくいという。体験した事のない気象状況でした。
(頼むからどっちかにしてくれ)


今日、小雨が降る中病院から帰ってきた。

そしたら、うちの駐車場で野良猫の “寅吉” (母が亡くなった父方の祖父(父が小学生の頃なくなったので私はおろか、母も会った事はない)の名前を付けた 通称 トラ ) が道路の方を向きネコ座りして待っていた。


まるで留守番をしていたかのようで、車が入ってきたら安心したのか定位置の洗濯機の上で昼寝を始めた。


トラ♪ お留守番ありがとう! 「はぁ 疲れた」 と思っていた母と私はいっぺんに楽しくなったよ♪


変化があった日の事しか書けません。(覚えてません)ごめんなさい。


8月12日(金曜日)


病室に入ると今までうっとうしそうにしていた、酸素のチューブ(鼻にさすタイプ)が取られていた。すぐ取っちゃうからね~と看護士さん。そんな理由で外してもいいのか??と思いつつ酸素がある程度入っているらしい。


8月13日(土曜日)


病院にいる間は何の変化もなかったのだが、帰ってきた途端にTEL がありビックリしたが、入院してくる患者さんのために個室を開けて欲しい、これから2人部屋に移すけれど問題は無いか?という内容だった。

できることなら、居るあいだに言って欲しい、病院からTELがあると驚くのでねぇ


8月14日(日曜日)


どの部屋に移ったんだろうとキョロキョロしながら、ヤダ様のところに行く。

同じように、MRSAで酸素マスクをしているおじいさんが隣に寝ていた。ヤダ様と打って変わってうんともすんとも言わず、日がな一日眠っているらしい。


8月16日(火曜日)


月に2回ある、病棟全員の痰の検査の日だそうで、あまり痰のからまない、ヤダ様うまい事取れましたか?


8月20日(土曜日)


点滴の棒が1本なくなっていた。それまでは点滴用、胃ロウから入れるときの袋用と2本ベッドに刺さっていた。まわってきた看護士さんに聞くと点滴は終わったらしい。


やった~~これで足のイタイの少しはなくなるよ~~。(足それも甲の部分から入れていた)


8月22日(月曜日)


あんまり、髪の毛が伸びていてうっとうしかったので、はさみでザキザキ切ってしまった。

母曰く「虎刈りだわね」 しょうがない、イタイイタイとじっとしててくれない頭を押さえつけての散髪なので、それにしても髪の毛だらけになっちゃったどうしようと思っていたら、看護士さんに「今日お風呂は入りますからね~」と言われた。7月27日に入って以来、何日振りでしょう?? じゅくそうができ、あまり長い事お風呂に入らないのもよくないのし、ここの所落ち着いているので許可が下りたそうだ。


願ったり叶ったりだ、これで髪の毛のチクチク落としてこれる。


8月24日(水曜日)


なんだか、母は夏バテだか知らないが7度台の熱があるとのことで早々にリタイヤ宣言をして、寝込んでいる。一人でヤダ様のところに向かった。そしたらだ!!ヤダ様も7度台の熱を出している。


夫婦そろってですか…。 


なにも、おそろいにしなくても。。明日のお風呂入れなくなっちゃうよ。


8月25日(木曜日)


やっぱり7度台の熱があって、お風呂はパスされてしまった。

なんだか、お腹もピーピーらしく、あんまりいいことが無い。


8月29日(月曜日)


今日のお風呂も発熱によりパスだそうです。

胃ロウからの量が徐々に増えて350ML程入っているらしいが、12時ごろ入れ始め1時近くに病室に入るともう終わっている事が多い、母と私の意見では「早すぎるのでは?」だ。

先日は、白湯100MLがおむつ交換のあいだに全部落としてしまった事がある。熱も、ピーピーの原因もそこにあると家族は睨んでいる。


病院側も考えていて胃ロウから落とすのを少しお休みして、点滴1日3本ということになった。


早いとこピーピーを止めて、熱を下げ、じゅくそうを治して、体力消費を結核治療に専念してもらいたい。