8月8日(月曜日)


病室に入ると胃ロウにつながる袋の中身に色が付いている!!!!!


やっと、先生の許可が下りて栄養が入る事になったらしい。廊下を歩いている看護士さんに「あれは朝から?それとも今回のみのお試し?」と聞くと


「昼からだけどお試しではなく一日3食の物がたまたま昼から始まっただけ」と帰ってきた。


ばんざい!!これで少しは体力が戻ってくるだろう。


なんて思っていたら病室に先生がやってきた。「そういえばお水飲ませてみた?」と聞かれたので

数十㏄を飲ませてみたこと。ちょっと咽たこと。胸焼けすると訴えたことを告げた。

ちょっと考えた後「やっぱりしばらくはお水だけにしておきましょう。もう少し咽なくなったら、またその時考えましょう」と言い残し部屋を出て行った。


今回は、歯磨きをした後でお水を飲ませたので咽ることは無く上手に飲めた。


8月9日(火曜日)


部屋に入るとヤダ様は カーカー 寝ていた。胃ロウから食料が入り眠いのだろう。

しばらくそのままにしていると、目を覚まし第一声が「痛い」…。ハイハイ痛いですね。


あまりにも頭が下がっているので少し頭を上げ歯磨きするかと聞くとするとうなずく。

歯磨き・水飲み・ひげそりと順調に終わり、ふと見るとナガーイ一本の白い鼻毛が出ていた。生えているものなんだろうかと興味本位で引っ張ってみたら。 「イタイ!引っ張るなら引っ張るって言ってからにしてくれ」と怒られた。 そりゃそうだゴメン。あんまり気になるからはさみで切った。


径管栄養剤(今度のは名前が分からない)を指差し「これがあるとずいぶん助かるんだ」と言うので、ないとお腹すくの?と聞くとそうだと答えた。


ヤダ様、順調でなによりですがこのあと急変とかはやめてくださいね。


そういえばヤダ様の騒ぎでしばらく忘れてましたが、じーちゃん。無事に百歳を迎えて以来、変化はなかったらしいのですが、ここ2.3日酸素マスクをされるようになってしまったそうで…。ヤダ様がマスク取れた変わりに、じーちゃんが付けたんじゃ困っちゃうのよ~~~。


おば達は、こんな暑いときに逝かないで欲しいと願っているそうだ。たしかにそうだし今、逝かれたら母はどうなってしまうのか心配だ。どちらも、がんばって欲しい。

なんだか1週間分まとめて、記事にするのが定番のようになってきてて…。そういうつもりは無いんだけどなぁ


8月3日(水曜日)

依然、胃ロウから入るのは水のみの生活を送っているヤダ様。顔を出した途端に「腹減った」と訴えられ、ありがたいやら困ったやら。

枕元にあった、ピコピコいっている機械はなくなっていた。

酸素は5ℓ入っていて緑色のマスクを外そうともしない所を見ると苦しい事には変わりがないのだろう。


8月4日(木曜日)

少しずつ熱が下がっている日が長くなるにつれて、ヤダ様の話す事が多くなってきた。


点滴のパックを指差し「あれが痛い。」と言い出した。確かに針が入っているから痛いよねとごまかしていたが、おむつ交換時に体位変換されて点滴の針が入っている箇所がよく見えるようになったら。どうやら、点滴が漏れ始めている。それを説明するのに「あれが痛い」になったらしい。


たまたま、別の用事で看護士長が部屋に顔を出したので点滴が漏れ始めている旨を伝え、点滴の箇所を交換してもらい、事なきを得た。

ずいぶん、頭の方はスッキリしてきたらしいが、酸素の量が7ℓに増やされていた。


8月5日(金曜日)


結核 菌だけでなく※MRSA もでたとのことで、主治医・看護士長から話しがある。

これから、部屋の出入りに必ずアルコール消毒して下さい、それとタオルを持って帰って洗うのに、帰る時にタオルを入れた袋にシューっと一吹きアルコールを吹いて持って帰り、その後ワイドハイター等に3時間ぐらい浸けてから洗濯してください。と言われる。


MRSAは体力が戻ってくれば消えていくから、消えるまでの辛抱です。とのことちょっと面倒くさくなった。


昨日なくなっていたピコピコいう機械がまた枕元にあった。?またなんかあった?と聞くと「本人が『左胸が痛い』って言うので付けたけど、なんか胸って言うより腕らしくって、あまり意味は無いの」と帰ってきた。

あっそ。 ダマサレマシタネ。 酸素量は7ℓのままだが、歯磨きをしたがった為、磨かせる。やたら唾液の固まったような物質が取れる。(すっきりしただろう。)先生に水飲ませても良いか聞いてないので、ブクブクはやめておく。

※結核・MRSA 詳しくはクリックして確認してください。


8月6日(土曜日)

行ってみたら、酸素が5ℓに減っていた。めでたしめでたし。

左側を下にして横になっていたが、ピコピコいう機械(あれなんていう名前なんだろう)呼吸数が 0 と表示されて、アラームを鳴らしだす。ところが本人は ”はーはー” 言いつつ息を吸っている。さかんにこっち側が痛いと左側をさす。アラームが数回鳴った所で、なぜ鳴るのか分かった、浅い呼吸しかできずに機械が一回とカウントできずに鳴るらしい。深呼吸をするとちゃんとカウントする。

病室の中で十数回鳴った所でおむつ交換・体位変換が行われ右側を下にしたら、 0 と表示されることも無くアラームも鳴らなくなった。ヤダ様は「はー楽になった」 やっぱり苦しかったんだ。ゴメンネ気が付かなかったヨ。


帰り際、ナースステーションにいる主治医を見つけちょびっとなら水を飲ませていいかと聞く

「実際口がカラカラになるのも、あまり良い事ではないので水ならちょっとむせてもあまり肺炎にはならないのでちょっとぐらいなら良いです」と答えてくれた。  明日ちょっと飲ませてみよう。


8月7日(日曜日)


従兄(ヤダ様からすると甥にあたる)がお見舞いに来てくれると連絡をもらっていた。時間をこちらが行っている間に合わせてもらった。


酸素が3ℓに減ってマスクが緑色の鼻と口を覆うものから鼻だけに変わっていた。バージョンアップしたじゃん。(後で糠喜びだったと知るが)


点滴の入っている足を見たら、むくんでしわ・土踏まずがなくなっていた。昨日からむくんでいるなと思ってはいたが、針が入っているために本格的にマッサージできず帰ってきたが、針が抜かれ違う足に刺さっていたので、心置きなくマッサージしようと思った。。。そしたら、旦那がサスサスはじめた、「ここに薬がたまっても困るんだよね全身に回ってもらわないと」と言いつつ、結局帰るまでずーっとサスサスやっていたようだ。

何度も「すごい勢いで睨まれるだよ」と言いながら<m(__)m>感謝。


従兄が病室に現われ、一度自分の顔を見せるためにマスクを外し●●だけど分かる?と聞くと「うん、どうもありがとね、ありがと」 と言い、(前回の再発の時に来てくれたときは従兄を認識できなかった)調子のよさを見せる。 しばらくすると「●●お前はいいの?」と聞いた。従兄は怪我をしてしばらく入院していたのでどうやらその事を聞いたらしい。 順調順調。


体温・血圧・酸素濃度(?)をはかりに来た看護士さんにマスクの件を聞くとどうやら「鼻と口を覆うマスクは嫌がってすぐ取っちゃう、夜中1時間おきに見に来るとそのたびに取っているのでこっちに変えた」そうで、酸素を測った所89%ぐらいだったため4ℓに上げられてしまった。 あーあ。


おむつ交換が来たタイミングで帰るからというと、従兄に手をふり、「またな」と言った。オーあたし達には手なんか振ったためしがないのに…。


7月27日(水曜日)


夕方に熱を上げる点滴はまったくと言っていいほど効いていない。

突然、おむつ交換で廊下に出されている隙にストレッチャーに乗せられている。??何急に?と聞くとCT取りに行くとのこと。前もって言っておいてくれるとビックリしないで済むんだけど。


7月28日(木曜日)


病院に着くと途端に、「先生が話があるから、部屋で待ってて」と言われる。そう言われていい話だったためしがない。嫌だな~


昨日のCT の結果を見せてもらう素人目にも肺が入院時よりも悪くなっている事が分かる。


痰を取って検査をしていても結核の菌は今は出てきてない。でも、その痰を培養して結核が出るかどうかを待っていられるほどの猶予がない。 そこで急な話だが、●●病院(結核病院)に明日の朝転院して下さい。


そこの病院名ははじめて聞く名前で、どこにあるのかも分からず、救急車の手配は病院がやってくれるとのことなので、そこからの帰りを考えなくてはならない。 急遽、明日旦那に休んでもらえるかどうか聞く。


7月29日(金曜日)


朝10時までに向うの病院に来て下さいとのことだったので、9時前に病院へ用意をし、救急車が到着したのでさぁ旦那の車で出るぞと思ったら。。。救急隊員さんが「病院どこですか?」


へ?コッチが聞きたいぐらいだったのに、市をまたいで転院するのでわからないそうで、あわてて電話帳で病院名、TEL、住所を教え、ナビで見つかったとのことで母を救急車に乗せ、自分の車に乗る。

どうせ、ピーポーやってしまえば抜かれるから先に出ようと出発したが、1個目の信号でいきなりぶち抜かれ

た。


そのあとやっと信号を抜けた時にはもう救急車の姿は見えなかった。(やっぱり早いのね)


ナビに説明されながら、病院に付いたら救急車が無かったので、部屋に入ってしまったのだろうと思った。受付で話をするとどうも話が食い違う。なんで?と思っていたらあっという間に抜かれたはずの救急車がまだ着いていないという。???(どこで抜いたんだ?)迷子になりあっち行きこっち行きしたらしい。(母談)


入院時にいろいろ書かされる書類をほとんど書き終わったあたりでやっと着いた。


7月30日(土曜日)


熱が出たりさがったりしているらしい。だんだん話す事も少なくなってきてそれだけ辛いのだろう。


主治医に「歳も歳なので急変すると呼吸が止まることがあるその時は人工呼吸器をつけて延命しますか?それとも呼吸器まではせずにゆっくりしてもらいますか?決めておいて下さい。」とキツイ質問をされた。


今までの病院は車で5~10分の間で歩いても30分かからずに着く所だった。ところが今度の所は車で40分かかり、山(こやまだけど)を二つ越えて、しばらく走った先の山の頂上にある。 ずーっとペーパードライバーだった私にはキツイ山道である。(旦那は楽しくて好きらしい) 病院の行き来だけでもきついのにとんでもない質問をされてしまった。


7月31日(日曜日)


夜になると高熱を出すので、困ると看護士さんから言われる。熱を出さないようにしてあげたいんだけどねぇと。


病院の隣に 旧■■邸 という順日本家屋があり、300円で中を見せてもらえる。無料でボランティアが説明しますがどうしますか?と聞かれたのでお願いし、説明を聞きながら見てまわる。 大正天皇が皇太子時代にお越しになっているんです。と説明された。


ノンビリした、日だった。


8月1日(月曜日)


先生が話があるので何時ごろ病院に来ますかとTEL 。やっぱりいい話じゃないだろうと思いながら向かう。


案の定先日のキツイ質問の答えを今日中に出して帰ってくれと迫られる。母と相談して決めろと。

先日の話だとお願いしようかと思っていたがよくよく話を聞くとただ、息を引き取るのが先延ばしになるだけで本人はきつかろうという事がわかった。


旦那に相談のTELをした所早退して病院に向かってくれると言ってくれた。

合流後、人工呼吸器をつけないでもらう。という重大な決定をした。


旦那が先生に、正直な所あとどのくらいだと見てるの?と聞くと この2週間が一つの山場だろう。それを越してくれるとある程度落ち着くんだけどと言われた。


正直、あと2週間が山だって聞き驚いた。



8月2日(火曜日)


きのうの、先生の話から母はそこらじゅうにTELをした。

結果、ヤダ様の姉(伯母)が病院に行くと言い、昼前に病院に着いたらしい。

合流後、ヤダ様のところで話をしていたら、ヤダ様は「悪いね。疲れるだろうからもう帰れ」と伯母に途切れ途切れで話した。


なんだか、話のできるうちに会っておけと言わんばかりで嫌だがなんで会わせなかったと後から言われても困るので着てもらった。


昨日、今日と2日間、胃ロウから入れていないので熱は下がったみたいだ。だけど胃腸を使わなくなってしまうのも困るので白湯と薬(胃薬等簡単なものだけ)だけを胃ロウから入れている。と説明された。


一緒に入院できる友達ほしいなぁ


ってやだ~そんなの。一緒に遊ぶ友達ならいくらでも欲しいけどね

7月21日(木曜日)


いつもは午前中は熱が無いらしいが、朝からずっと熱があるらしい。38度台をキープしている。

木曜は主治医が午前中外来に出ている曜日でその診察が終わると病棟に回ってくる。


抗生物質を変えたのはある程度使ってみたが効果が出なかったから(発熱が続く)痰・血液の検査をしたけれど(昔やった)結核が悪さをしているわけではなく、今の所どこから来てるのかなんで抗生物質で熱が引いていかないのか分からない。 呼吸器の先生と相談して様子を見ていく


歯磨きさせてるけど、その時にどうやら水飲んじゃってるみたいでそれが原因てことは無い?


歯磨きはやっていいよ、させないで口の中の雑菌が悪さする方が怖いし、それによって高熱出す事は無いでしょう。

むせない程度にちょっと水飲ませたり、ちょびっとなんか食べてはダメ?


ちょっとならいいよ気をつけながらね。食べなくて嚥下が進むのも困るしね

とのことでした。クークー寝ているのは薬が変ったためなのか、熱が出ていて寝ているのかちょっと不明。



7月22日(金曜日)


今日も、朝から熱があるらしくアイスノンをしてトロンとした目をしていた。

歯磨きをしたがぺっっと出さずにゴクンって飲んでしまう。熱があるにしてもちょっと違うぞと思っていたら、熱を測ったら39度だったらしい。あわてて座薬をいれられました。


いつもは、4時ごろおむつ交換の隙に帰ってきてしまうが、あまりの熱ですぐ帰るのも心配だった事と、履いていた靴下が血だらけで脱がせたので靴下とあまりにも部屋が寒かったので、一枚掛けるものを今日のうちに持ってこよう

母が先に車で帰り、持っていく物をそろえて、旦那が帰ってきたらそれを持たせて病院に来るように頼んでくれと私は旦那の車に乗って帰るからと決めた。


旦那が6時半頃病院に到着し、一枚掛けて靴下を履かせて、熱を測ってみたら37.4度にさがっていた。おそるべしは点滴ではなく、座薬だったようだ。6時ごろ胃ロウから入れ始めたので、終わるまで待ってようかとも思ったが、7時の時点で半分残っていたので8時過ぎになってしまいそうなのでやめて帰ってきた。


7月23日(土曜日)

7月24日(日曜日)


あいもかわらず、午後になると39度近くの熱を出すヤダ様

看護婦さんは決まった時間にしか測ってくれないので、ヤダ様の名前のシールの張ってある体温計を使い(病室に人数分置いてある)測ってみる。測るたびに体温は上がっていき、最終的に39度を越すと座薬が入れられる。  


こんな事を2日間繰返す。


7月25日(月曜日)


病室に着くと寝巻きシーツが血だらけだった。点滴もらしたのか?と思ったら、どうやら採血をするときに腕をつかまれまいと腕をうごかしたらしい。 


午後にも採血だといって看護婦さんが2人来て(学習したらしい1人じゃダメだと)外注に出すので相当量とらないとならないらしいが、午前中のバトルで右腕のこれならという血管の所は3CMぐらいの切り傷になっていてその上をゴムで縛ると3cmの傷全部から血がピューっとでてどうにもならず。


麻痺で真直ぐにならない左腕を無理に真直ぐにしそこから採血して帰っていった。


外注に出すって事は病院内で調べきらないものを調べてもらうのだろう。そんなに難しい病気になっちゃったのか?


7月26日(火曜日)


ヤダ様は 咳・痰 はほとんどでない。(肺炎なら出そうなもんだけど。)

そのほとんどでない痰を検査に出す。と言って、痰を出しやすくする薬を吸入し無理ムリ痰を取って行った。その後しばらくうなっていた(当たり前かムリに痰取られたらのど痛いよね)


昨日の血液に続いて痰もか。と思っていたら、ヤダ様の病室全員の痰を検査に出すようだ。

え゛っ 今朝からのどがものすごく痛い私って彼らと同じ?


前回、入院していた時に向かい側のベットに入院されていた方が同じ脳梗塞の再発で同じように痛がり同じようにご飯が食べられず。と同じように闘病していた。


ヤダ様はそれはそれはその方を気にして、向かいのおじいさんは頑張ってるのか?ちゃんとメシ食ってるのか?と事あるごとに聞いていた。


幸い、うちは3週間程度で退院し、その方はその後2週間したあたりで退院したそうだ。そこまでは何度か通っている歯医者の合間に聞いていた。


今回入院したら、あの方亡くなったのよ。 救急車で運ばれて1週間持たなかったわね。と付き添い仲間に教えられた。


母とショックを受けその日は帰ってきた。数日後、母がご機嫌伺いの電話をそのお宅に掛けた。

奥様は結構サバサバしていてもう救急車で運ぶ時に帰ってこれないと覚悟していったから、と言ったそうでそうそう、オムツ沢山残っちゃったのよ~貰ってくれない?今日はいないけど明日以降ならいるから取りに来て。


女って強い生き物なんだとつくづく思った。


そう言われたヤダロウさん一家はあんなもの残っていてもいい思い出になるものではないから、貰いに行く、と決め明日以降といわれたその明日にオムツを貰いに出かけたのでした。


女ってずうずうしい生き物でもあるんだと思った。



7月16日(土曜日)


いった途端に 「寒い」 と言われたので バスタオルを肩に掛ける。

午前中は熱は無いそうだが、午後になるとでてくるらしい。37.8度ある。アイスノンをしてもらう。

歯磨きをしてブクブクをさせてみた。調子よくペッと出せたいいじゃんいいじゃんと思ってたら最後の一回のペッができずゲホッ。ゲホッ。 やっぱりだめか~?


7月17日(日曜日)


午後になると熱が出る。入院直後は熱出なかったのに歯磨きのせいか?と思いつつやっぱり口が気持ち悪いらしく「※ガコ持ってきてぺっするから」と言われる。


※ガコ : 正式名称はガーグルベースというらしいソラマメみたいな形をした、口をゆすいだ時にベーっと吐き出したものを受けるもの


7月18日(月曜日:海の日)


点滴終わらないの?と看護士に聞いて、聞いた直後に気が付いた。今日は先生がいないから変更なんてされないし聞いても分からないだろうと。 案の定 「さぁ明日になって先生に聞いて見ないと…」 と返された。

相変わらず、午後になっての発熱は続いている。


7月19日(火曜日)


歯磨き・ひげそりを終わり「一度ベットに座ってみない?」と聞いて座らせてみた。ビックリするほど背中に汗をかいている。あわてて肩に掛けていたバスタオルを取る。

熱を測りに来たので聞くとやっぱり38度あるらしい。アイスノンは手放せない。


点滴が変っていた。抗生物質が合わなかったのだろうか?


7月20日(水曜日)


点滴が変って以来、やたらクークー眠っている。行っても何もすることが無い(本人が寝ているので、しょうがない)付き添いさん(皆患者さんの奥さん達)同士話に花が咲く。「胃ロウを開けたら急に調子悪くなって、閉じたら戻ってきた、今は点滴だけだけど今後、『ちょうろうにする』って言われた」と話す人がいた。

ちょうろうと聞いてすぐさま浮かんだ漢字は “長老” どうゆうこと???と思っていたら説明してくれた、胃に穴を開けたのが “胃ロウ” 腸に穴を開けるのが ”腸ロウ”。  体に合う合わないがあって、大変だと思った。


こんなに午後発熱しているのでお風呂は入らないだろうと思ってたら。入ったらしい(ちょっとビックリ)そういえば別の付き添いさんが言ってたっけ 「ここは、なんでも風呂入れちゃうもん」




7月12日(火曜日)


熱は36.4度 ほ~平熱だね~。今だ、酸素のチューブ・点滴だけで一日を過ごす。

レントゲン・CTをとったらしい。


7月13日(水曜日)


熱も無く、今日は病棟のお風呂の日だった為に入れてくれたらしい。(一生懸命風呂に入る手順を説明してくれる)

風呂に入った時に酸素チューブを外しそのまま外れていたが、血液中の酸素量は96%だったために着けずにすごす。このまま外せるのかなぁ


7月14日(木曜日)


ちょっと(前日夜か当日朝)、熱が上がったときがあったらしい。私達が行ったときには平熱だった。

午後、先生がやってきて(おむつ交換で部屋を追い出されていた時だったので廊下で立ち話)「しばらくは抗生物質を点滴し、明日あたりから、様子を見ながら胃ロウから入れましょう。呼吸器科の先生とちょと相談して今後の事は決めたい。」と言い父の様子を見て帰っていった。


おむつ交換後、部屋に行くと「明日からどうたらこうたらって、先生が言って行ったけど俺よくわかんない。もう一度聞いてきて」と言われる。廊下ですでに聞いた事と胃ロウから入れることを説明したが今ひとつ理解していない模様。 まぁ一安心。。


7月15日(金曜日)


昨日あたりからさかんに「なんか飲みたい」を連呼する。そりゃそうだ五日間、口に水分入ってないんだもん。

あんまりかわいそうなので、歯ブラシで歯磨きをさせる。歯磨きはうまいこと行ったが、ブクブクはできてもぺっができないのでどうするか考えてしまう。ブクブクさせずに今日は終わらせる。明日どうするかなぁ??

7月11日(月曜日)

先日来、発熱、平熱を繰返していた ヤダロウさん。


とうとう、肺炎にて高熱(39.7度)をだし、ソッコウで入院させられちゃいました。

午前中いつものごとく歯医者に出かけ帰宅後、昼ご飯を食べ、昼寝するまではかわったことはありませんでした。


昼寝から目覚めて、突然手が震えだし、呼吸が極端に荒くなり、手先は紫になり一目で尋常ではないと思い、訪問看護婦さんを呼び、彼女と先生と相談の後 「今すぐ入院しなさい」 とのことで、たまたま旦那が帰ってきた所だったのでデッカイ方の車で入院グッヅ(もうなにが必要で、なにがいらないかノウハウができた)をもって病院に行った。


午前中は医者に行った時に病棟の看護婦さんに目撃されていて「何で急に悪くなったのよ~歯医者来てたのに~」と言われ、ヘルパーさんには「あら、●●さんまたよろしくね~」と言われる始末でした。


座薬入れられ、抗生物質の点滴をされて、うとうとしていたら、主治医が来て、「どう?」と聞いてくれるとヤダ様は「またお世話になります。」と答えた。さっきよりはまだましな顔つきをしている。薬が効いてきているのだと思う。


その時点で午後の8時だった。医者や看護婦さん達は残業が付くのかどうかは知らないが、大変だなーと思いつつ。 帰ってきた。  はぁ~お腹すいた。なんか食べて帰ろう。。。


6月30日から今日までヤダロウさんはショートスティに行っておりました。

ちゃんと食べさせてくれない事は百も承知で、でも、TELが来るんですよね~「ヤダロウさんは食事を取らない。職員が口に入れても手で吐き出してしまうのでどうにもならない」って


それが分かっていたから、前日にショートの先の方に来ていただいて、右手の自由をなくした上で食べさせている現場を見てもらったのに。。。どんなに説明しても、母がお手紙書いても、クレームが来るのはどういうことなんだろか?


何のためにあの人は食事時の2時間うちに居たんだろう?ってことになって腹が立ってきてしまうのでした。

まぁいいや何度言ってもあそこはそういう体質直らないし。どうやら、ヤダロウさんのように介護度5・胃ロウありなんていう人を受け入れてくれる先があるだけでもありがたいと思わないといけないらしい。(無論納得はしていない)


今日はそんな事が書きたかったわけじゃなくて昨晩の訪問者の話。


お隣の家で飼い猫に餌をやるついでに野良にもやっている。(野良の虚勢も自費でしているのでただ闇雲にってわけではない。ちゃんと考えがあってのことだ)そんなことでうちの庭にも年がら年中、ネコが居る。


昨日は母と2人、ヤダ様も居ず旦那も昼からの仕事だった為、夕飯後マッタリとTVを見ていた。そこで突然ゴトンと物音がした。


なんだろう?どっちから聞こえた?などと言いつつどうやら物音のしたほうは玄関のようだと結論付けた。玄関灯が点いているし、(センサーライトなので普段はぼんやり点いているが、なんか通るとハッキリ点灯する)


そーっと窓を開けて覗いてみると、隣のうちに出入りするネコが全員うちの玄関前に勢ぞろいしていた(中には隣の飼い猫まで居たオイオイ)。その中のどれかが玄関をノックしたらしい(こんばんわという事か偶然かは不明)とりあえず、ギョッとした顛末はネコだったので安心したが、ヤダ様でも居るのと居ないのでは不安の度合いが違うのだと改めて思った。