市の基本検診で、 視神経乳頭陥凹 の疑い と されて、今日眼科で視野検査をしてきました。


結果特になんともないと言われ、「ただ、生まれつきかも知れないけどそういう形をしているのでまた検査しろって言われると思うよ」とも・・・


なんだか緑内障の症状に目の形が似ているんだとか・・・。


そういえば じーちゃん ずーっと緑内障の目薬指してたから、きっと遺伝なんでしょう

(じーちゃんは無事101回目の誕生日も向かえ、がんばってます。)


会計で待ってたら、近くに座っていたシルバーカーを押してきたオバーちゃんが、隣の人にこんなことを言ってました。 「人にやさしく気を使って生活してきてたけど。ここん所、人にやさしくできないの、自分のことで精一杯で、年取るのはやーねー。人に気を使えなくなっちゃって」


くすっと笑ったものの、頭が下がりました。あたしも年取ってもそんな風に人に気を使いながら生きて生きたいな。


やっといけました。プール


そうしたらです。流されプールにたくさんの養護学校の生徒さん達が流されていました。


数人の先生と浮き輪につかまった生徒さん達喜んでいるのはいいのですが…。水をバッシャンバッシャンやりながら流されているのには参りました。


よくみると何人かいる先生の中の一人の男の先生の肩に赤い丸が2つ付いている事に気がついた。??


なんだろうと近くに流されて行って見ると歯形だった、意志の疎通がうまく行かないとかんしゃくを起す養護学校の生徒さんならありうるな…。それにしてもまぁきれいなまん丸。よっぽど、むかついたんだなとは思ってみたものの先生は大変なんだなとしみじみ考えさせられた


1時間ごとに一斉にプールから上げさせられて強制的に休憩を取らされるのですが、そのときに生徒さん御一同様は、「いやだ、帰らない」とダダをこねながら引き上げていかれました。


たまたまトイレに行きたくなったので帰りに更衣室を覗いたら先生達の戦場でした。


何につけても先生達に頭が下がったプールでした。

 友人に実家が開業医で父が院長をしているというオボッチャマがいた。その兄上は四十近くになってやっと医者になれたという人で、会ったことはなかったが、友達の中でも有名だった。(実は偶然だがものすごく近所に住んでいる)


 父が、こちらに越してきて車椅子に乗って病院に行きCT室の前で待っていた時、その友達を見かけた。病院で会いたがらない人がいるので私は気がついたが声をかけなかった。

 どうやらその時、院長先生をしていた父上はもう数年間も入院していて、危ないという頃だったらしい。数日後亡くなったという電話連絡が他の友人からあった。


 その数年後うちの父も亡くなり、度々道であったりした。そこからフッテワイタ話だが、兄上が診療所にPCを入れはしたが、一切触れないので、教えてはくれないかと。


 まぁ、お坊ちゃま君(兄)にタッカイおもちゃを買い与えたが、遊びきれないと言った所だろう。



 先日、初めて教えにいった。とりあえず「これを(アイコン)をマウスでダブルクリックして下さい。」

 ……困りました。倒れる前の父にダブルクリックを何度やらせてもカッチンカッチンとなりダブルにならなかった。それと同じでした。


 高齢者等に教えるPC講座等の先生が新聞に載っていて、やはり高齢者はダブルクリックが難しくマウスでアイコンをさわりアイコンの色が変わったところでキーボードのEnterキーを押させている。とあり、それを読んで唸った事があった。その後、父は何とかダブルを攻略し普通にマウスを使っていた。


 最後にお坊ちゃま君(兄)は、何でダブルクリックなんかしなきゃいけないの?  君は一生PCしなくてイイよ。と思ってしまった。


                                               *-*-* つづく *-*-*

昨日、母とプールに行こうという事になった。 

焼却場メラメラの熱利用のプール波なので2時間300円 安いし近くなので最近行き始めた。



駐車場についてすぐに異変を感じた。いつもと違ってあまりにも車が多いし、警備員もいる!!!

車からは浮き輪をもう膨らませて走り出している走る人子供が多い ???


警備員さんに聞いてみた。「今日は子供が多いわね」



びっくりした回答が待っていた。「今日は県民の日だからね」



そういえば数週間前に新聞にはいっていた市の広告に乗ってたっけ、県民の日はプールは半額と…。

そうか、県民の日は学校も休みなのか!?


警備員さんに「今日はやめて帰ります、Uターンさせて」というと

「そうして下さい、こちらもありがたい」と返された。


帰り道、想像してみたプールいっぱいに浸かっている子供と更衣室のロッカーすら空いていない状況を…さっさと帰ってきてよかった。


また、今日行こうと思っていたがあまりの雨で出る事をためらってしまった。 


あぁプールいつになったらいけるのか?

先日、亡くなった父の姉の夫(故人)  ここまでは伯父と言って親戚だろう

の妹の夫  う~ん 親戚か?知人か?微妙だな が、亡くなった。(最近こんな話ばっかりだなぁ)


伯母のうちのすぐそばに伯父の妹夫婦の家があったため、ものごごろついた頃から、恭子(やすこ)おばさん・光(あきら)さん  と私は呼んでいた。


そこでビックリがはじまった。

○○和子という名で 香典返しが贈られてきた。 中のお手紙には夫、慎平の葬儀の際には…とはじまっている。 かずこって?しんぺいって?と母とうなり始めた。結局分からず、伯母にTELで聞いた。「あのかずことしんぺいっていうのは?」


そうしたら「戸籍上の本名よ、結婚前にあきらさんのお母さんが姓名診断にこって、急に変えたのよ、戸籍までは変えなかったら、めんどくさいことになってるのよね」とのこと。


私は、あきらさんが亡くなった後に、あきらさんとは通称名だと言うことを知った。Σ(・ω・ノ)ノ!


ウスラぼんやりしていたのか、通称名があまりにも浸透していたと言うことなのか、とにかく驚いた。

やぁ~~久しぶりにここに書こうと思ったら。。。

ずいぶん様変わりしてて。



今までがんばってきたじーちゃん、とうとう黄疸が出たりし始めたらしい。しょぼん



100をすでに越えているじーちゃん、こうなると、いまさら治って全快なんてことはならない。願わくば、苦しむこともなく、眠るがごとく逝って貰いたい。


とーちゃん、天使

頼むよ!そちらで、根回し(お偉いさんの間をお願いして歩くことが生前得意だったんだから)してゆ~~~くり無事着地させてやってね。



― 旦那の夢の話を聞いてそれを書いているので、前後関係は不明 ―


「なんだか横になっていると苦しいから、座らせてくれ」 とヤダ様が言うので、なんで生き返ったんだと騒ぎつつ。後ろに回り彼は座椅子のようにヤダ様を支えていた。(やっぱり夢だから矛盾はあるのね)

「痛くないの?」と聞くと「ウン全然痛くない」といいつつ麻痺があった左腕をブンブン振って見せてくれた。

「う。気持ち悪い、吐きたい」と言い出し急にゲーゲー吐き出した(バリウムのような真っ白な液体だった)。吐くだけ吐いたら、スッキリした顔をして「なんだかお腹すいた、なんか食べたい」と言い出した。

「とりあえず、一旦立って背中を伸ばしてからにしようと」言いヤダ様を羽交い絞めのようなかっこうで支え立たせた。


こんな夢を見て旦那は旦那なり夢の解釈をつけた。


ヤダ様は3日になくなったが6日が友引だったために、6日に通夜 7日に告別式と普通より亡くなってから日にちがあいた。 そのために、腐りにくくする事ができる、何とかって言う処理をお願いした。1ヶ月ぐらいは腐らずに平気でもつそうだ。


予断だが、ヨハネ・パウロ2世が亡くなった時に、漠然と「こんなに何日も、遺体を見せているって言う事は相当、ドライアイスを使っているんだろうと」思った。 ところが、彼もこの処理をしていたため、一般公開(変な言い方だが)のような事ができるのだそうだ。


その処理をした薬を全部吐き出し、隔離病棟に入って以来何も食べさせてもらえなかった分、何か食べたかったんだろう。 それとやっぱり体の痛みはもう無いんだと旦那の所にも伝えに来たのだろう。


母の所にはなんか言いに来てるのだろうか?聞いていないので(たぶんお互いにそういう話を意識的にしないようにしているんだと思う)わからないが、娘の私からすると

「長い間どうもありがとう、助かったよ」と伝えに来てもらいたいと思う。

葬儀のときに、


家族は気に入っていたヤダ様の写真を遺影として使った。(障害者手帳に貼ってあったヤツ)

元気な時の写真は

・ゴルフをしているときの帽子をかぶったヤツ。

・宴会後の真っ赤な顔をしたよっぱらいのヤツ。

そんなものの中、大笑いをほとんどしなかったヤダ様がニヤって笑っているものだった。(但しイスの背もたれに右腕をかけているため、ちょっと傾いているように見える)


それを、「もっといい写真無かったのかね~。あれじゃなぁ」 と言った人がいた。


いいじゃないか家族が気に入っているんだから、ほっといてくれ。そう思っても式場で言わないでくれ。家族の耳に入るから。


ヤダ様の仕事の付き合いのあったおばちゃんには 「あたしはね~『あんな威張っているヤツと何で付き合ってるんだ』って仲間内によく言われたのよ。もう本人が死んじゃったから言うけどさ」


あたしにヤダ様は 「あの人とはあまり深く関わるな。上司が偉いのを自分が偉いのと勘違いするような人だから気を付けろ」 と言っていた。

仕事上どうしても馬の合う合わない人はでてくる。そんな事はわかってる。なぜ、本人がいる間黙ってた事を死んだからといって言うのか?いいじゃないか、そのまま黙ってれば。


そのおばちゃんに 「あたしが死んだら娘(私の事)はお通夜に来てくれるかしら」と母は聞かれたそうだ。「行くわよ」と答えといたらしいが。行くかよ。というか、私の所には連絡は入らないだろう)


なんで、みんな自分勝手なんだろう?聞いた家族がどう思うかなんて考えてないんだろうな


明日、千葉駅伝がある。


千葉に両親が引越してきて以来、おととし、去年と、車いすでヤダ様はスタートを見物に行った。元々スポーツ観戦(スポーツ自体はあまりしない)が大好きだったから、家族で言いくるめ出かけた。


外に出かけた刺激とスタートを見たという刺激でそれまで食べなかったものを食べてみせ看護婦さんを驚かせたりしていた。


明日はヤダ様の写真持って、またスタートを見に。スタンドの向正面に母と旦那と三人で座っていようと思う。 TVでスタート見てね。

なんだか広く薄暗い部屋の中でヤダ様と母と私達の4人が枕を並べて寝ていた。

大病をした後のヤダ様は 「トイレに行く」 と言ってすっくと立ち、行ってしまった。  (夢だから矛盾はあるサ)

トイレから帰ったヤダ様に 「あれマヒは?」 と聞くと、 「それがないんだな~」 とニヤッと笑った。 (だから夢だって)


「なんだよ、今までの苦労はなんだったんだ?」と言いかけたその時。。。旦那の目覚ましがなった。


あぁそうか、もうマヒもなく、痛くも無く、楽になったことを伝えに来たのだと思った。


よかった。楽になって。できることなら、ちょくちょく夢に出てきてほしい。