Jリーグを世界標準へ! -27ページ目

Jリーグを世界標準へ!

自分の国のサッカーを愛してこそ真のフットボーラー。

 

帰ってきた悪魔                                       .         


静岡の実家に住んでいた頃、ローカル局のコメンテーターが当時清水

エスパルスに所属していた三都主アレサンドロ選手をこう表現しました。


『相手チームのDFをずたずたに切り裂くオレンジの悪魔』


最近の三都主選手を見るとその頃のクオリティが戻ってきたように思え

ます。彼は本来攻撃的な選手ですから、オシムジャパンでも浦和レッズ

でも前のポジションを与えられることで良さが出せます。まさに・・・・


『赤い悪魔 三都主アレサンドロ』


ですね。

追加点となった2点目は左サイドの高い位置でボールをうけて中に切れ

込んでシュートコースを十分確保してから右足でゴール右隅へズドン

でした。


三都主=左サイドでゴールラインぎりぎりまでチャレンジでセンタリング


昨年後半はこれを相手に読まれていたせいで、彼自身がどこか停滞気味

な部分がありましたが、今年はそれを逆に使っての中への切れ込みというプレー

スタイルを積極的に使うことで相手もマークの受け渡しで迷うシーンが発生

してこのゴールのような展開がうまれてくるようになりました。


特にブラジル系選手が持つ一瞬の速さの高いクオリティというものを彼も

持っている為、相手が少しでも迷う素振りを見せるようなことになると、

彼のスピードの餌食になってしまうわけですね。


クラブでも中盤でアタッキングサードを任せられ、オシムジャパンでも同様の

エリアを任されるようになり、いよいよ本腰を入れた攻撃の赤鬼としての

三都主アレサンドロの進化が楽しみになってきましたね。


気持ちがのればのるほどプレーの質が向上するラテン系なので、皆さん

代表の試合でも是非盛り上げて応援してあげてください!


今後のRed Devilの活躍に期待します。



陣容が未だ定まらないFC東京                               .      


ササ・サルセード選手を放出したFC東京が獲得したのが『ワシントン』選手。

ワシントン選手というと浦和レッズのワシントン選手を思い出しますが、Jリーグ

に2人目のワシントン選手が誕生したようです。経歴はこちら

驚くのはその経歴。1年ごと・・・というか、1年に何度も移籍という事もあって、

8年間で14チームでプレーをしたまさに渡り鳥。これだけ定着しない選手という

のは何か原因があるのではないかと思いますが、逆に言えば途中加入の

経験が豊富である為に、途中からチームに加入しても全然やれてしまうという

事にもなりそうですね。


しかしガーロ監督率いるFC東京は未だ形が定まりません。就任当初から掲

げているポゼッションサッカーが浸透せず、ポゼッションサッカー=中央突破

と選手が勘違いをしているかのような試合になりました。


右サイドで石川選手が絶好の位置でボールを呼んでいても、中央の選手達は

徹底して真ん中、それも狭いところ狭いところをついていってしまいます。


浦和の中央を固めるのは鈴木啓太、長谷部誠、闘莉王という日本屈指の代表組

ですから、あえてそこを難しくチャレンジする必要はないのではないかと思います。


あの爆撃機のような派手な攻撃スタイルで観客を楽しませたFC東京が何故この

ような状態になったのか。


昨年末、それまで率いていた原博実前監督が退任し、ガーロ監督が就任しました。

その時にガーロ監督が掲げたのがポゼッションサッカー。今野、伊野波、鈴木規と

いった高いポテンシャルを持つ選手たちのパス交換を中心にビルドアップしていく

サッカーです。それまでのFC東京は、サイドから派手に仕掛けるものの、派手に行

く分、カウンターでスコーンとやられてしまうケースが多かったので、攻めと守備の

バランスをとりながらポゼッションをあげて試合を支配していこうという方向に変えた

のだと思います。



ポゼッション重視の両チームの差                                .      


対する浦和もポゼッション重視のサッカーをします。

では、FC東京と浦和のポゼッションサッカーは何が違うのでしょうか。

個人的に考えてみました。


・選手個人の技術の差

大きな理由がこれでしょう。浦和がビッグネームを集めているという意味ではありま

せん。選手個人を見てみると、トラップの正確さ、パスの正確さ、ボールをもらいに行

く動き(他の選手への気遣い)で差があります。

オシム効果という事でクローズアップされた試合でしたが、元々浦和の選手達には

このような基本動作が徹底して叩き込まれています。


昨日の試合を見ていても、浦和は誰かがボールを持ったら、パスが出しやすい位置

に顔を出してあげてパスコースを作ってあげるという連動した動きができていました。


一方のFC東京は、今野選手不在というのが大きく響いたのか、味方選手にとって

あまり親切でないプレー、ポジショニングが目立ちました。結果、ボールをもったプレー

ヤーが孤立してしまい、ミスを連発してしまっていました。


ポゼッションを目指すFC東京のこれからの課題は、中盤での走り方、ボールの動か

し方の決まりごとの徹底ではないでしょうか。現在のようにただパスをまわして時間を

かけているだけでは相手を崩しきるという事はなかなかできないと思います。


それにしてもFC東京を見ていると若い有望選手が多いせいか、一昔前の浦和レッズと

だぶる部分が所々にあります。浦和の選手達は良い指導者との出会いで、より高い

ステージへと上りつつあります。FC東京の若手選手たちにとってガーロ監督との出会い

が良い出会いであるといいなと思います。





それぞれのゴール                                          .      


先制点の小野選手のゴールはゴール左に詰めたポジショニングの良さと、小野選手

自身の基礎技術の高さが強調されたゴールでした。あの体勢からのボレーは結構

ふかしてしまうケースなのですが、きっちりとゴールに対して角度をあわせてミートさせ

ていました。基礎技術、個人技には元々定評のある選手なのでさすがだなという感じ

でした。


三都主選手のゴールは先に触れているので割愛し、4点目の田中達也選手のゴール

も見事なものでした。この日の田中達也選手は2トップで引き気味のポジショニングで

ボールを運ぶ役が多かったのですが、後半になるとゴールに直結するポジションに

頻繁に顔を出すようになっていました。この時間帯に応じたメリハリが彼の良さでもあ

るのですが、このゴールは左から飛び出して狭いシュートコースに的確にあててきて

見事ゴールネットを揺らしました。考えて動けるFWとしてこれからの日本を支えてくれ

る選手の1人だと思っています。


しかし、川崎戦でも思ったのですが、針の穴を通すようなシュートが本当に上手です

よね。



『人が動くだけじゃダメ、ボールを動かさないと』



そんな言葉が脳裏に浮かんだ浦和vsFC東京の一戦でした。





追伸 野人岡野は健在です                                        .      



タイトルの内容について触れたいと思います。おまたせしました。

僕の中で彼は既にカリスマの域にはいりはじめている、日本をW杯に連れて行った男・岡野雅行選手。



浦和レッズはリードされて流れを変えたい後半に岡野選手を起用するシーンが多いです。

実際彼も・・・


『俺、リードしている時には出番ないじゃん?』


と胸元をはだけた岡野カジュアルでインタビューにも答えているシーンもあります。


そんな岡野選手が昨日起用されました。それも大量リードしている時に。

そしていつもの右サイドではなく・・・・



小野伸二OUT → 岡野雅行IN





トップ下で!




驚きです。久々ですよね。彼のトップ下。

しかも、途中からFWになってました。田中達也選手より前にいました。


動きも全然色あせていません。彼がボールを持つとスタジアム全体が躍動します。

岡野選手が走れば、周りの選手は彼をめがけてボールを蹴ります。


まさに、『岡野式・人が走ってボールも走る』というオシム亜流の誕生です。



彼は南アフリカ大会を諦めてませんよ。

てか、最後までそれを目指して頑張ってほしいです。


ピッチに入るだけで、試合の雰囲気を1人でもっていってしまう岡野選手。

サポータをその存在で煽り、火を焚きつける事ができる数少ない選手でしょう。




なんかサッカーをしているだけなのに、彼がサッカーをすると、愛とか勇気とか希望とかそういう部分まで彼の必死なプレーの中に表現されているような気になってしまいます。



僕が見る限り彼はまだジョホールバールの歓喜のままですね。

左足で的確なクロスがあがるようになるなど、技術的な進歩も素晴らしいですが、ハートはあの頃の岡野雅行ですよ。




初めてアフリカ大陸で行われるW杯。

アフリカには野人岡野が良く似合う。


僕はアフリカ大陸を縦横無尽に走り回る野人・岡野雅行が見たい!




頑張れ岡野雅行!






やっと3秒以上の長さの動画をUPする事ができたのでこの前の等々力戦の動画をUPします!




いつも応援してくださるよなよなさんのBlogが1周年との事で、自分のBlogはどうなんだろうと思って調べてみました。(よなさんおめでとう!)


そんなよなさんのBlogはこちら。

超甘口サッカー談義




ちなみに、自分のこの『Jリーグを世界標準へ-さぁスアジアムに行こう!』はというと・・・




1周年過ぎていました。(;w;)




8月5日が誕生日のようです。

当Blogのマニアの方しかしらないような話題をしますと、当Blogの創設時の私の名前は『ガッツリーゾ』ではなく『クライフェルト』だったんですよね。懐かしいなあ。それから松木様トークに始まり、浦和レッズネタ満載のJリーグBlogとなりました。


ちなみに1番最初の話題は『田中達也、腰痛で代表を外れる』 です。


もっとこう・・・はじめましてとかは書かいのかよ!!って自分に突っ込みを入れたくなりますが、最初が達也選手だったてのはちょっと嬉しいな。


タイトルも『FORZA ガッツリーゾ!』じゃなくて最初は『FORZA Jリーグ』だったんです。数日間ですが!!

最終的に現在のタイトルを使ってますけどね。


1日に5,000ビューがある日もあれば、わずか10ビューという日もあったり、本当に読者の方に楽しんでもらう為には責任感のあることを書いていかないといけないんだなあと最近強く思っています。


あまりたいした事かいてないBlogですが、今後ともよろしくお願いします!




最後に、読者登録をしてくださっている多くの仲間に感謝したいと思います。


2006年8月13日

『Jリーグを世界標準へ-さぁスタジアムに行こう』 管理人 ガッツリーゾ


まだ1試合しか見ていませんがオシム監督は最初の方向性として選手個人というよりもクラブへ依存した戦い方を選択したように感じます。



初戦となったトリニダード・トバコ戦は浦和レッズから大量の7名(三都主、坪井、長谷部、田中達、闘莉王、鈴木啓太、山岸)を選出しました。


オシムジャパン選出レッズ選手陣


上の図を見て、オシム監督は攻めと守備で計算ができるリーグ上位の浦和レッズを軸としようとしていたのが推測できますね。



千葉時代のオシム監督は相手のバイタルエリアで巻選手をはじめとしたオフェンス陣をよく走らせており、かなりバイタルエリアに重きを置いていました。



つまり裏を返せばそのエリアを相手にも突かれたくないという意識もあるはずです。ですからリーグ最強のディフェンスを誇る浦和レッズの高さとスピードを兼ね備えた守備陣を中心に大事なエリアをカバーさせたんだと思います。これがオシム就任後3年目とかなら、オシムイズムが組み込まれたディフェンスになるのでしょうが、そこは歴戦の名将です。与えられた準備期間の中で最善の結果を出す事に対してのアプローチとして完成度の高いチームから多くの人を呼ぼうというスタイルは理にかなっていると思いました。この準備期間ではどんなに鍛えようとも、この浦和の守備陣の完成度の高い四角形にはかないませんしね。


そしてこれは、見方を変えればこの変則的な日程を組んでまともな準備期間を与えられずに初戦を迎えざるを得なかったオシム監督から日本サッカー協会への無言の抗議ともとれますし、同時にJリーグの各クラブへもちゃんと選手を育ててチームとしての完成度をあげる事ができればいつでも代表に呼ばれるんだというメッセージを送っているようにもみえます。



クラブの完成度をあげて送り出されてきた選手に対して、オシム監督は練習の中で意識のきっかけをつかませて国際舞台で戦うノウハウを伝えていく。そして代表を経験した選手は成長してクラブに帰ってその経験を還元してクラブを更に進化させるという理想的な代表とクラブの関係をオシム監督は築こうとしているのかもしれません。



クラブとオシム監督の良い意味での相互依存というものがしばらくは見れそうな日本代表ですね。



かつてトルシエ監督がフラットスリーを掲げた時、多くのチームは3バックに染まりました。代表の方針にクラブが従ったような印象すら抱きました。ただ実際にクラブが代表の動きに影響をうけたとしてもそれはいい事だと思います。彼のおかげで日本にラインを高く維持するという文化が根付きましたしね。トルシエ監督はそのキャラクターの濃さと個性の強さ故になかなか評価を受けることはありませんが、もし彼が超いい人だったらきっとクラブと代表の相互依存を果たした監督の1人として今でも賞賛を浴びていたに違いありません。



さて、話がそれましたが浦和式といいますか、CBの闘莉王選手がオーバーラップするシーンがこのトリニダード・トバコ戦でも何度も見られました。その時のディフェンスラインはこうなっていました


啓太フォローー


右サイドの田中隼選手が内に絞り(ちょっと極端かも)、闘莉王選手が飛び出したことであいたスペースを鈴木啓太選手が埋めています。これが浦和では日常となっている鈴木啓太選手の見事なカバーリングなのです。カバーリングがきっちりできている為に、闘莉王選手は思いっきりあがる事ができ、相手にとっては計算外のオフェンスの選手が1人増えるという悩ましい状態になるわけですね。


これは皆さんも慣れてくれば楽しめる戦術の1つだと思います。背が低いFWが多いですが、いざという時のパワープレイの時は闘莉王が前線にあがりっぱなしなので、あえて小柄なFWをさげてフィジカルに勝るFWを入れる必要はないんですね。


その他では、一見右利きなのでありえないと思われがちな左サイドでの駒野選手起用も、実は利き足と反対のエリアを受け持つという事は内を見ながらプレーができるという利点があるわけで、それはそれで非常に良い采配だったと思いました。



さぁ、その浦和レッズは今日はFC東京戦です。



いよいよJリーグ再開です。




チケットは完売かな?まだ若干余ってるのかな?

埼玉スタジアム2002へは埼玉高速鉄道の浦和美園駅下車で行く事ができます。


代表の余韻を感じたい人は是非足を運んでみてください。そして日本が世界に誇るこの熱さを体感し、是非Jリーグのサポーターになってください。





Jリーグもよろしくお願いします!



アテネオリンピック本番を直前に控え代表のユニフォームを脱ぐことになった悲運のプレーヤー鈴木啓太。



その後所属の浦和レッズでボランチの役割を担い、時には攻めあがった闘莉王のエリアをカバーし、時には最終ラインにはいり、時にはあいた前線のスペースに飛び出したりと、浦和にとって必要不可欠な存在にいつのまにかなっていきました。



再び飛び立つその日を静かに胸に秘めて、遂に再び青いユニフォームに袖を通す事になった今日。


皆さんの目には彼のプレーがどのようにうつりましたか?




僕はとてもじゃないですが、冷静には見れませんでした。

ずっと啓太を見続けていました。



ある種お祭りである日本代表の初陣。

いつものように考察などはしません。今日はとにかく試合を楽しみ、啓太のプレーを全てこの目に焼き付けていました。





鈴木啓太





彼は将来、必ず偉大なプレーヤーになるはずです。

みなさん、どうか彼の名前を覚えてください。



そしてもしよければ埼玉スタジアムへ彼を見に来てください。

より多くの試合で啓太を見れば見るほどきっとそのプレーの虜になるはずです。




どうか、南アフリカで彼を見ることができますように。






新生オシムジャパンが発表されました。


逆転裁判風にオシム監督と報道陣のやり取りをまとめてみました。

リンクをクリックしてみてください。



・サッカー協会が発表した選手の人数について


 1)報道陣の問いかけ


 2)オシム監督側の回答


 3)サッカー協会側の回答


 

選ばれた13人の選考理由について


 1)報道陣の問いかけ


 2)オシム監督側の回答



若くて代表経験が少ない選手が多く選ばれた事について

 1)報道陣の問いかけ

 2)オシム監督側の回答



対戦相手について

 1)報道陣の問いかけ

 2)オシム監督側の回答



(おまけ)

・日本サッカー協会における理事会での一幕(週刊ポストより)


0)川淵三郎会長側の挨拶


 1)新潟県サッカー協会理事側の問いかけ


 2)川淵三郎会長側の回答


 3)他の理事達からの問いかけ


 4)川淵三郎会長側の回答


 5)文部科学省 馳浩副大臣側の回答




 


センターバックに求められた資質                                 .         



フラットなディフェンスをしく場合、センターバックにもとめられる資質はフィジカルも

大事である以上に、機敏さと試合展開を読む資質が求められます。


ドイツW杯でのジーコ監督率いる日本代表でその役割を求められていたのが宮本

選手でした。しかし、惨敗の内容から見る限りでは今大会の彼には中央を任せ切

れるだけのフィジカルの強さと機敏さが不足していたような気がします。


しかし日本の近代3バックの基本を作ったと言っても決して過言ではないトルシエ監

督時代の中心的な役割を担った宮本選手は3バックに対する習熟度が高い上、試合

展開を読める資質を本来持っていたと思います。




3バックから4バックへの変化を目指したジーコ                         .   



日韓W杯で健闘した後、監督がトルシエからジーコに替わってもジーコ監督は初期を

除き、宮本選手をDFの要として使い続けました。しかし、3バックを完成させるというので

はなく、4バック信者だったジーコ監督としては3バックをこれ以上昇華させる事は考えて

いなかったようで、3バックについてはトルシエ時代並みのクオリティを求めて宮本選手

任せという現状維持を図る形をとって、自らは加地、三都主という選手を両サイドバックに

起用してジーコ式4バックの完成というものに力を注ぎました。




トルシエジャパンとジーコジャパンの違い                            .   



トルシエジャパンとジーコジャパンにおけるディフェンスを比較してみると、徹底的な

ハイラインでのフラットラインを敷いたトルシエジャパンでは、中央の宮本選手の横

にはそれぞれ宮本選手に欠けるフィジカルを持つ松田選手、速さの中田浩選手をお

いて裏を取られたときの対策とし、ラインという武器を用いて相手のFWにボールが

渡る前に相手の攻撃を止めようとしていました。


対してジーコジャパンは中澤+田中誠というフィジカル+マンマークという部分に優

れた選手を採用し、相手のFWにボールが渡った所を狙おうという感じでした。


トルシエジャパンが『エリア』を守備のコンセプトにあげたのに対して、ジーコジャパン

は『対人』を守備のコンセプトにしたというのが大きな違いかもしれません。


ジーコ監督は元来日本選手が海外の選手と対人で負けないようにするということを

強化のテーマにあげていたので、『人ありき』にこだわった事が顕著に現れている

部分ではないでしょうか。





宮本選手に見る両代表の特徴                                   .   



この2つの代表におけるディフェンスはどちらが良かったかという評価は難しいのですが、

その両方で中心選手としてプレーをした宮本選手の状態で比較をすることはできると思

います。


トルシエ・ジーコ両方の代表でプレーした宮本選手ですが、日韓W杯とドイツW杯では

その考え方やプレーに違いというか、変化が見られました。



トルシエジャパンでは前述したハイラインでのフラットラインディフェンス(最後はライ

ンディフェンスというよりもハイラインのゾーンになった)を統率した宮本選手ですが、

フラットラインディフェンスの弱点ともいえる頭上を越える動きや、裏を取られる動きに

対しても両サイドのセンターバックが、それを補える選手であったが為に、ある種の信

頼感(トルシエ監督の強制力?もあると思いますが・・・)によって徹底したハイラインを

保って相手のゴールに近い位置で全体がプレーできるようにしていました。


こうなると日本の誇るクオリティの高い中盤(いわゆる欧州組)がそのポテンシャルを

発揮しやすい状況になりますので、得点能力がそれほど高くなかったFW陣に厚みを

持たせる攻撃選手として機能しはじめます。結果を見ても予選リーグでの稲本選手の

2ゴール、森島選手、中田英寿選手のゴールなど多くのMF選手が得点を決めました。


この『フォーメーションや守備のルールありき』というトルシエ流のチーム作りがホーム

だったとはいえ、日韓W杯でベスト16まで進んだ結果に結びついたんだと思います。




一方で、攻撃に重視を置いたジーコジャパンにおけるディフェンス陣は、トルシエ

ジャパンの頃に比べて、宮本選手に不足する部分を全て埋められるような状況では

なかったように思えます。(むしろ当初からケアをする気がなかったように思える)


前述したとおり、中澤+田中誠というフィジカル+マンマークに優れた選手をジーコ

監督は採用し、『人』ありきで、状況にあわせてラインのあげさげを宮本選手に任せ

るという感じでトルシエ監督程強いコンセプトを守備に対して打ち出すことはできませ

んでした。




ジーコの守備経験の少なさ                                   . 



しかしこれはある意味でやむをえない部分があります。


ジーコ監督は守備のポジションは経験した事が無い上、監督としてチームとして

の守備の指導経験を積んでいない本当の新人監督だったわけですから、自分が

選手時代に学んだ攻撃しか教えられないというのも無理はないんだと思います。

ですから守備の崩壊とうたわれた原因はむしろジーコを選び、そのジーコの

サポートスタッフをいれられなかった協会や技術委員会に責任があるとおもいます。


なので、自分にはジーコが使い続けた『自由』というのは、経験した事がないから熟

知できていない『それ』を覆い隠す為の隠れ蓑の言葉としてうまく使われていると常

に思っていました。ですから戦術を押し付けないのではなく、戦術を出せなかった

ではないでしょうか。


さて、話を戻しますが、ジーコジャパンにおける宮本選手は、自分の脇を固めるセンタ

ーバックたちの資質にあわせた高さのディフェンスラインを考えるようになったような気が

します。ジーコ監督が掲げた『人ありき』の方針が彼のディフェンスのメンタリティに

少なからず影響を与えていたんでしょう。




エリアから人へ変化した宮本式ディフェンス                         . 



こうしてエリアから人への変化をした宮本選手のディフェンスですが、ジーコジャパン

のレギュラーであった中澤・宮本・田中というディフェンス陣では、ハイラインでの

ディフェンスを敷くには宮本選手の機敏さを埋め合わせることができない人選の為に

非常にリスクが高く、またそれによって彼のフィジカルや機敏さという部分での自信の

なさが要所で出てしまい、頭上を越されたり裏をとられる事を嫌って、リスク回避の安

全策としてずるずるとラインをさげる傾向になっていきました。


これによってバイタルエリアを中心として危険なエリアで自由にボールを回されるという

状況になり、強豪国相手の試合においてはより守備一辺倒となり、前線のFWまでが

ずるずると下がり始め、中盤から前がなかなか前に押し上げられずに、単発での弱い

カウンターという試合運びが多くなってきました。




皮肉な形で産み出されたジーコジャパンの姿                          . 


これらの結果をうけてW杯が近づくにつれて、3バックの限界という形で報道される事が

増えてきたわけですが、厳密に言えばこれは『人ありき』で行った結果、トルシエ後期の

ハイラインでのフラットバック3(ラインではない)を行える体制が崩壊したという事、つまり

はトルシエジャパンの遺産を消し去ったという、本当の意味でのジーコジャパンの誕生と

いう皮肉な形となってしまったと見ることもできます。


そして当時の代表の3バックの危うさを自分なりに理解したであろうジーコ監督は、選手

の猛反対によって一旦は諦めた4バックへの強い意欲を本番直前の半年でみせるので

すが、それも3バックより素晴らしい!という程の効果を挙げることができませんでした。


準備期間を考えたら当然と言えば当然なわけですが、中央に試合展開を読める宮本

選手とフィジカルに勝る中澤選手という組み合わせは理論上は悪くはなかっただけに、

もし選手の反対に負けることなく4バックを2年近く作りこんできたらもう少し精度の高い

ディフェンスラインができあがっていたかもしれません。それゆえに、監督のコンセプト

というものは大事だと自分は思うわけなんです。




坪井というカード                                           . 



結局4バックも強力な手ごたえを得るという所まではいかず、最終的に本番では

3バックと4バックの併用で本番に臨むと決めたジーコ監督ですが、本番で3バックの

修正の為に切ったカードが坪井選手でした。本番が近づく中でディフェンスに対して

唯一大きな対策を講じたというのがこれです。


坪井選手のレギュラー昇格は田中誠選手の怪我も少なからず影響はあったかも

しれませんが、田中誠選手が回復後も、W杯直前の試合では坪井選手が先発し

ていたという点を見てもジーコ監督が考える所があったのだろうというのがわかり

ます。



坪井選手はジーコジャパンにおいて裏をとられた時の機敏さという点で宮本選手

をカバーできる数少ない存在であったことから起用を検討されたんだと思いますが、

長く続いた感覚や習慣というものは既にローラインディフェンスというものを宮本選手

の中に染みこませており、自分の周りを固める選手がフィジカル+機敏さを備えた

としても、短い期間でハイラインに戻す事はできなかったようですし、彼が他の2人

に対してハイラインでのディフェンスにおける信頼を抱くまでには至らなかったんだ

と思います。


『思い切った決断とチャレンジができない』


これが選手任せの自由を掲げたジーコ戦術の影の部分だったと思います。

(実際、オーストラリア戦の失点後もこの状態で混乱を鎮める事はできなかった)


ならば、せめてここでジーコ監督が、ラインを高く保てと強く指示をする事ができて

いれば、日本はもう少し攻撃的に戦えたかもしれません。



開花しなかった攻撃的サッカー                                    . 



結果的にジーコジャパンはディフェンスラインを低く構える形になり、自分たちの

ゴールに近い位置で相手にボールを触らせ続け、守備一辺倒となってしまいました。

そしてそれはジーコが掲げた攻撃的サッカーというものとは程遠いものになっていま

した。


ディフェンスラインを押し上げることで相手のFWを押し込める事ができただけでなく、

前線との距離を近くすることでMFの攻撃機会を増やし、チーム全体が高い攻撃意識

をもっていたという点で、トルシエジャパンのほうが攻撃サッカーを掲げたジーコジャパン

よりも、実際は攻撃的ではなかったかと思います。



ジーコジャパンがもたらしたもの                                    . 



ジーコジャパンの4年間によってもたらされた次の4年間への課題はこんな内容では

ないでしょうか。



・守備のメンタリティの確立

・戦術>人という方針の下での選手のアサイン

・強いリーダーシップを発揮する存在の確保

・シュートを打てるストライカーの育成


シュートを打てるストライカーの育成という点では、ジーコ監督がW杯直前に若き

ストライカー達にスポットライトをあてた事で、巻、佐藤寿、我那覇、田中達といった

選手たちが育ってきていますから楽しみではあります。

(これはジーコ監督が最後の最後で残した功績だと思います。ただ、選考では

それを活かせなかったのが残念ですが・・・)



個人的には戦術ありきの考え方があるので、チームとしての戦術ありきのオシム

ジャパンには期待をもっていますし、人に左右されにくい戦術を掲げる限りは

大崩れはないと思っています。





高校の頃、通っていたクラブチームの臨時コーチできたオランダ人が言った言葉を覚えている。元オランダのプロリーグの選手だと言っていたが、明らかに見た感じは近所の外人。いや、実際近所に住んでいた・・・。


コーチがファンさんと呼ぶそのオランダ人はたぶんファンニステルローイのようにファン・ナントカ・ナントーカって名前だったんだろうね。

このファンさん、練習の前にこんな事を言ったんです。日本語で。正確に一字一句は覚えていないけど、こんな内容だった。

『フットボールとは相手チームと幸せな気持ちを共有するものではない。相手チームを不幸にするのがフットボールなんだ』

『相手が強いチームであっても不幸にする事だけを考えろ。不幸にする気持ちだけは負けるな。』

後年、大学に行って改めて考えてみたらなかなかいいことを言っていたなとかなり衝撃をうけたのですが、正直いって高校生だったこの頃はまったくと言っていいほど受け入れ不可能な言葉でした。まず、なんでそんな喧嘩腰なのかがわからなかった。スポーツでは相手を尊敬せよという体育の先生の教えとまるっきり正反対だったから。
だからその後の練習でも、『相手を倒せ!相手を不幸な思いにさせるんだ!!』ってマジで言っていて正直怖かった・・・。


練習の後のお別れ会でも、ファンさんの『不幸洗脳』は続き、『相手を不幸にさせるためにはどうすればいいのかを瞬間的にひらめけるような選手になってください』と、はっきりいって教育上絶対よくない教えをうけました。
なんか教えそのままの人間に育ったら、行く末は…

ガスコインが世界中に大量発生してしまうんじゃないか
…ってくらいの強烈な言葉でした。

ただ・・・息子をチームに通わせてるLPガス屋の2・8カットのおじさんがすごいうなずいていたのもまた強烈に覚えているんです・・・。


きっとファンさんは『相手チームを不幸にするフットボールをする選手になれ』と言いたかったんだと思います。


W杯での柳沢選手のシュートミスは相手チームを幸せにしました。
対照的にその後大怪我から復帰した田中達也のゴールは川崎フロンターレ戦や大分トリニータ戦で大事なゴールを決めて相手を不幸にしました。

日本サッカーには世界でも通用しそうな上手な選手が多いです。
でも、W杯では通用しなかった。ハートの問題と言われる。勝とうという気持ちだと言われている。

確かに勝ちたいという気持ちも大事だと思う。

しかし、サッカーという試合の中で、得点に繋げて相手チームを不幸にしてやろうと強く思う気持ちをもった選手が今の日本が一番求めている人材なんじゃないかなって僕は思うんですよ。


日本に不足しているのは相手チームを不幸な状態にさせてやろうという強くてシビアな気持ち。


以上、久々のサッカーコラムでした。





注目の日本サッカー協会新役員が発表されました。
新体制発表前に川淵会長からメッセージが発表されました。


『最後の2年間をしっかり務めたい。ワールドカップ(W杯)に関する責任は重く受け止めており、またオシム監督に関する失言は言い訳できない。ただ、意図的にリークしたということではないし、そんなことで責任は回避できない。自分の良心に誓って、責任を棚上げする意図はなかった。


また、代表に関して総括がない、という声があるが、決してそういうことはない。アジアカップ、W杯予選、コンフェデを通じて詳細な分析が加えられており、全国都道府県のサッカー協会に情報は共有されている。次期監督候補を選ぶにあたっては、今年4月から検討を行っていた。最後の総括をせねばならないことは当然だが、同時に次期監督選びは早い段階で行わねばならないことも理解して頂きたい。』



責任を追及する声が多くあがっている事については…



『ある先輩からは、『晩節を汚すな』ということを申し上げられた。しかし、私は自分の責務を果たすことなく職を離れることこそ無責任と考える。多くのファンの批判があることは承知しているが、サッカー界への貢献を考え、自信と確信を持って臨んでいきたい』



"代表に関して総括がない、という声があるが、決してそういうことはない。アジアカップ、W杯予選、コンフェデを通じて詳細な分析が加えられており、全国都道府県のサッカー協会に情報は共有されている。"


都道府県の親戚に情報を出すのはわかりますが、サポーターへの説明責任は?という記者の突込みがほしかった所です。頼みますよプロの記者さん。



そしてその後に新体制が発表されました。赤字が今回入閣した人たちです。


(新体制)
会長    … 川淵三郎(早稲田大/古河電工/現ジェフ千葉)
副会長  … 鬼武健二(早稲田大/ヤンマー/現セレッソ大阪)
副会長  … 小倉純二(早稲田大/古河電工/現ジェフ千葉)
副会長  … 釜本邦茂(早稲田大/ヤンマー/現セレッソ大阪)
副会長  … 大仁邦彌(慶応大 /三菱重工/現浦和レッズ)
専務理事 … 田嶋幸三(筑波大 /古河電工/現ジェフ千葉)…新設ポスト



青字が今回降格した人たちです。


(旧体制)
会長   … 川淵三郎(早稲田大/古河電工/現ジェフ千葉)
副会長  … 小倉純二(早稲田大/古河電工/現ジェフ千葉)
副会長 … 鈴木昌 (東京大 /住友金属工業/現鹿島アントラーズ)
副会長 … 野村尊敬(早稲田大/チチヤス乳業)
副会長 … 釜本邦茂(早稲田大/ヤンマー/現セレッソ大阪)
ジェネラルセクレタリー … 平田竹男(横浜国立大/旧通産省)


まず、旧体制から新体制にうつるにあたって消えた人の行方を追いました。


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副会長 → 退任(定年)
 鈴木昌  …(東京大 /住友金属工業/現鹿島アントラーズ)



副会長 → 理事(降格)
 野村尊敬 …(早稲田大/チチヤス乳業)
(兼任委員長)
 天皇杯実施委員会
 国体実施委員会
 事業委員会
 競技会委員会
 事業委員会



ジェネラルセクレタリー → 名誉副会長(解任)
 平田竹男  …(横浜国立大/旧通産省)
(兼任委員長)
 総務委員会
 施設委員会
 国際マッチメイク委員会


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次に新体制になって登場した人たちを紹介します。


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常務理事 → 副会長 兼 Jリーグチェアマン(昇格)
 鬼武健二 … (早稲田大/ヤンマー/現セレッソ大阪)



常務理事 → 副会長(昇格)
 大仁邦彌 … (慶応大 /三菱重工/現浦和レッズ)
(兼任委員長)
 フットサル委員会
 女子委員会


技術委員長 → 専務理事(昇格)
 田嶋幸三(筑波大 /古河電工/現ジェフ千葉)…新設ポスト
 
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まず、副会長ポストは早稲田派の議席数3に変動はありません。JリーグチェアマンがJFAの副会長になるのはルールとして定められているので、鬼武さんはそのまま就任、しかしそれだと早稲田が4議席と会長、副会長が早稲田で独占となってしまうために、早稲田以外で慶應・三菱の大仁さんを副会長においたような感じです。

あおりをうけた副会長でチチヤス乳業の野村尊敬さんは理事に降格です。結果的に副会長の枠は旧体制では早稲田3議席、東京大学1議席という状態でしたので、東京大学1議席が慶應大学に代わっただけという状態になり、派閥の論理から言うと鈴木さん状態(無力化状態)という感じでしょうか。


ただ、大仁さんは兼任委員長のフットサル委員会と女子委員会を兼任しており、この任期中にそれぞれフットサル、女子サッカー共に大きく発展したという点で昇格人事としては妥当であったと思います。


イマイチ釈然としないのが、副会長の中での責任の取りかたです。野村尊敬さんは数多くの委員長を兼任されており、特に大きな失態はないかと思います。しかし、理事に降格させられています。


見当たるとすれば、早稲田閥ではあるものの、古河電工-ヤンマーという企業閥にいないという所がウィークポイントだったのかもしれません。


また、旧体制にはなくて新体制で新設されている専務理事ポストですが、田嶋幸三さん(早稲田・古河電工)が就任しました。旧体制では技術委員長を務めた田嶋さんですが、実はこの技術委員長こそジーコジャパンの責任を最も受けるべきポストだったのです。


しかし『田嶋を育てる意味で』(川淵会長)と言うことでの専務理事昇格となりました。


川淵会長留任、田嶋技術委員長の昇格。



W杯予選敗退および一連の不祥事の責任を取るべきポストの2名が共に新体制の中心ポストを担う昇格人事となっております。


各世論調査で9割以上の辞任要求が出ているにも関わらず、再選を目指して協会身内選挙で留任を果たした第3次川淵三郎内閣がスタートしました。



世論の批判に対する川淵会長の一言。
『途中で投げ出すと言う無責任な事はしない』


多くの人の心の声。
『スキャンダル、失態、不祥事を積み重ねても責任を取らない事が無責任では?』