長く短い一日の出来事と思うこと

記憶自慢の僕でも、何を残したかったのか、もう曖昧で意味不明なんだ。

 

でも、その時の僕はその時の感情を大切に持っていたはずなんだ。

 

その記憶は残ってる。君に話したい笑い話。

 

でも、何を持っていたのかってことは覚えていないんだ。

 

持つには多すぎる思い出や感情を、分かち合うために両手に持ってはいたはずなんだ。

 

その限界を超えるまでに相手は来なかったけど。

 

そっか、僕は持っていることがバカらしくなって投げ捨てたんだっけ。

 

 

本当にゴミみたいな生活だった。

 

その日暮らしだし、ポケットのコインで喜んで、二人で酒飲んで。

 

大切な約束も、目指す場所も、全部ぜんぶ見失っていたわけじゃやないけど、軽んじてはいたと思う。

 

毎日がいっぱいいっぱいで、明日や督促状が怖くて。

 

そんな日々を恨んだし、自分を嫌いになった。

 

でも、それでも、今思えばバカみたいな方法で、どうにかなるって走っていたんだ。

 

 

 

 

美化するわけじゃないけど、今よりだいぶ人間らしかったな。

 

賢くなるって、なんの人間味もないし、面白くもない。

 

そこから抜け出せない自分も。大人ぶった自分も。

いつからか、忙しすぎる僕らは振り返った時に、それを線ではなく点で見ていた。

 

だから、現在と起点となるその当時も一瞬で、どうやってそうなったかなんてことがとても埃くさくて曖昧だった。

 

時空を飛んでいるんじゃない、ワープしてるんだ。だから過程も置き去りにしてるんだ。

 

少し前に中学の頃の連中と飲んだ。

 

その帰り道、来れなかったやつと電話をしたんだ。

 

そして、いつか日にちを合わせて集まろうって話して、電話を切った時、僕は泣きそうになっていたんだ。

 

それは会えないやつがいたってことでも、忙しくて次も会えないかもしれないってことでもない。

 

自分がだいぶ遠いところまで来てしまったんだなって、実感したから。

 

常に分かっていた日々の成長や年齢や過ごし方も、点ではなく線で辿ると、その遠さと人生の厚みに、僕は14歳ではなく39歳であるということも、その過程でいろんな日々があったことも、そしてそれらは無識に埋もれてしまっていることも、なんていうか色々突きつけられたんだ。

 

グラデーションのように、僕すら気づかない透過レベルで、居場所や立ち位置が変わっていく。そばにいた人やものも透過していく。

 

そんな現在地が急に怖くなったんだ。そして、思い出すら剥がれ落ちていき、僕は点ですら辿れないようになっていくんだと。

 

その日の夜はゆっくりと覚えている限りの映像を逆再生で瞼の裏に映しながら眠った。

 

あぁ、確かに僕はそれなりの距離を歩いてきたんだ。もう戻れない場所まで来てしまったんだって思って眠りについた。

君の夢を見た。

 

昔の君や僕ではなく、今の僕が想像する君と僕がそこにいた。

 

そこはホテルで、僕は勝手に酒を飲んで、眠ってしまって朝を迎え、君との時間の短さに後悔し、君は笑っていた。

 

また来ればいいって笑っていたんだ、君が。

 

そういや、全然旅行なんか行ったことなかったっけ。

去年の祭りは一人だった。

 

家族は実家に帰って、だから持て余した時間をそんなことに当てたんだ。

 

酒を飲んで、歩いて、耳からリピートする曲を聴きながら、また酒を飲んで。

 

不定期に届くLINEに返信をして、そうやって一人でいることに寂しくなったり、有り難がったり。

 

今年はそんな時間を共有したくて家族みんなで訪れた。

 

何をするにも不自由で、片手間の酒も喉を潤したかどうか曖昧な感じ。

 

でも、去年より笑ってる。いろんな人に声をかけられ、調子に乗って踊る娘を見て、呆れながらも笑ってた。

 

寝る前に娘が、今日は楽しかったねって。

 

もっと飲みたかったし、もっとぼんやり人生や仕事のことを考えたかったけど、

 

こんな日も悪くないなって思った。

 

たいそうなことはしていないこんな日を、絶賛してくれる娘の頭を撫でて、思う。

 

来年もみんなで行こう。

 

僕のちっぽけな空想時間のために使うなんて勿体無くて。

 

君たちが汗だくで楽しげにしてくれるなら、僕の秘密の時間は必要ないのかもしれないね。

年をとれば賢くなるかもしれないけど、今の僕の感覚が正解とは限らない。

 

そもそも、賢いってなんだ?

 

知識と経験を手に入れただけじゃないか。

 

その知識も経験も、質が高いとは言えず、その時その時の僕が下した正当化や美化かもしれない。

 

そんな純度60%くらいのレベルで、何を偉そうに言うんだ。

 

 

 

時々振り返る。

 

そんなことがあって、あんなことを思っていたっけって。

 

頭では記憶していることも、その時は受け流すくらいで。

 

でも、改めて目を瞑って、当時の空気や匂いや音を思い出して感じてみると、さらっと流した記憶の再生とは違うってことに気づく。

 

些細な心の揺れとか、指先に残る痛みとか、余計なものまで半端に蘇る。

 

そしてそれと同時に、今の僕よりも優れていた部分が見つかる。

 

そう、それが感覚というもの。

 

 

 

前だけ見て、今の自分が最良だって顔はやめなよ。

 

鏡で見れば、昔嫌いだったおじさんおばさんみたいになってるよ。

 

ここにあるもの、あったはずのもの、失くしてしまったもの、無くてもいいもの。

 

僕はたまに昔の自分に会いに行って、そうやって感覚を融合させたりするんだ。

 

 

 

 

 

忘れちゃいけない感覚はある。

 

「そう思えていたものが、そう思えなくなった」ってのは、赤信号だよ。

足を引っ張るのが過去だとしても、未来への道を見出すのも過去なんだよな。

どうして済んだことばかりを思うのだろう。

 

もう戻ることはないのに、終わったことに改善策や防止策を見出しても意味はないんだよ。

 

でも、それは不確かな明日以降に投げる思考よりも容易いんだよね。

 

だって、起こってしまったことなんだから。何も分からない、起こるか起こらないかも分からない未来より、なんぼか思考は安易く受け入れるよね。

 

そんなスピードでいたら、あっという間に時間に抜かされていく。

 

昨日まで当たり前だったことが、もうすでに違っている。

 

僕はなんて無力なんだ。

 

今もなお、起きたことに目を向けている。

 

当人は先に進んでいるというのに。

 

僕に力があればって話じゃない。怠惰が招いた結果だから、シンプルに僕は僕を全うするしかない。

 

いつかなんて常套句を聞くたびに、僕はね、辛くなるんだ。

 

人生はいつだって不意にステージを上げてくる。

 

僕はまだ追いついていないよ。