チケットを探す日々が始まる。先ずは毎回頼んでいる代理店。
それから、ネットのありとあらゆる旅行会社を当たり、海外にバックパックで行く友達にも代理店を紹介してもらう。も、どれも、高い。チケット代だけしか今は手元にない。これから二ヶ月で入る収入を考えても現地での生活費を少しでも増やすためにはチケット代を抑えるしかなかった。

ネットで、探した最安値をクリックするとエミレーツ航空に直で飛ぶページが有った。
が、全て英語。。。

読めません!!

中学生以下かしれないわたしの語学力でなんとか、入力して試算することを試みるがエラーがたつ。

仕方ない。。。

夜な夜な続いたチャレンジを諦めて、CAやってる弟の彼女を呼び出す。

スマホとiPhoneで翻訳かけて、
なんとか金額を出すことが出来た。

安い!!

これをプリントアウトできるようにパソコンから繋げる事が必須。

またまた誰かの手を借りる事が必要となる、


気付くともう、五月の終わりに差し掛かっていた。

六月から、燃油サーチャージがまた値上げになることを、代理店から聞いていたのであせる。

心当たりに連絡するも、タイミングが悪く、会えるのが六月になりそうだった。

思い出したのが私の心の友である、ママ友。早速連絡してみると快諾してくれて、三日後に伺わせてもらうことになった。

パソコンで、エミレーツ航空にログインすると、iPhoneやスマホで見れなかった日本語版ページが有った!!!

助かった~( ; ; )

そんなわけで、無事にチケット予約完了。翌日全財産を聞いたこともない会社に振り込む。

相当ドキドキしました。

発券タイムリミットまで、あと、数日。着金するまでは発券されないため、ギリギリの日数だった。

今か今かと、待って居ると、
ママ友からメールきたよ、!!と連絡が入り、五月30日無事にチケットを入手することができた。

アナログな私にとって、全てがわからないことだらけ。
だけど、自力 が今回のコンセプト。
回り道や、遠回りしても、自分で経験することが大切なはず。

こうやって一つ一つを自分の経験という財産にしていきたい。

と思った。

けれど、私の周りのみんなに支えられ、助けられ、応援してもらっての帰省だという事は決して忘れない。



iPhoneからの投稿

2012年。蘇生と再生の年。 自分にはなにが出来るのか。漠然とかんがえながら、空を見上げ、同じ空がアビジャンにも広がっているんだと思い安堵する。
のらりくらりと、ジエリドンの活動は続き、年明けからの、兄の渡アフリカ。そのさなかのアフリカンフェスティバル2012
いつもの様にいつもの曲を踊り、あっけなく終わる。
そのころ、国際交流基金からの助成金は今年は出ないとの通知がくる。

私は家庭環境が変わり、母娘2人での生活になって居た。私の稼ぎでの生活。絶対に自費では行く事は無いと思っていた。
けれど、助成金が降りないとわかった瞬間に私の脳裏に浮かんだのは、
かき集めたら幾らになるか?

だった。
そして、すぐさま確認すると、
丁度母娘2人分のエアチケット代が集まる事が、わかった。

そして、何故か
私は行くんだ。

と、思った。

大切な人に会うことも、アビジャンママの新盆に挨拶に行く事ももちろん、大前提だった。

それよりもなによりも、ホテルを取る事なく、VISAを取得する手段を作りたかった。そして、自分の力で、可能な限りのコミュニティを作り自力でのアビジャン滞在を可能にしたい。

マダムが居るから安全と、安心がある。
その事には娘が一緒な分本当に感謝している。
けれど、この先ずっとこの形で渡アフリカをしたいわけではない。

それは、私のアビジャンでの使命を探し見つけ実現する為。

2012年、相方マアヤは渡アフリカを休む事になった。
遂に。

母娘2人での旅が実現となる。。。
毎日、心に響く 写真や言葉を目にするたびに

涙しそうになる

弱くなってる?
と不安になりつつ

今が吸収出来るとき!

と置き換えて

前向きに生きていく

今、一瞬一瞬が
永く永く感じる

自分に何ができる?

なんて考えると、まるで無力な自分に泣けてくる

日本人の私が
故郷はアフリカです

なんて、はたからみたら、馬鹿話に聞こえるかもしれない

でも人にどう思われても

これだけ毎日思い続けてる自分を信じてる

今日本人として生まれた意味を噛み締めながら、
そして、まだまだ深い意味があると感じるから

今日本人で再会した仲間たちと居ることでバランスを取りながら

今を生きる


一人立つの精神で
異国で戦う友を励みに

いつかの為に今を生きる