神性とスピリチャルについて | 本当のこと。 ダンマ・ディンニャ(木村里恵)

本当のこと。 ダンマ・ディンニャ(木村里恵)

「あなたはどんな時も最高に輝いている」ことをお伝えするためのブログ。「一人ひとりが自分を許し、本来の自分になることで、世界中が平和になる。」と信じて、「出産に向けて想いを馳せる女性」を対象にした合宿やセミナーを行っている。

スピリチャルと神性は違う。

 

世に言うスピリチャルの目的は

意図した創造に活用されることがある。

 

神性はあるがままを楽しむ姿。

 

神性が整えば自ずとスピリチャルな力が備わる。

 

ここで人は間違える。

 

我欲がスピリチャルを支配した時苦しみが生まれる。

 

神性はスピリチャルを支配しない。

ただスピリチャルを育てるだけ。

 

スピリチャルは本来感じるためにあるもの。

繋がるためにあるもの。

喜ぶため、楽しむためにあるもの。

 

そこに喜びに満ちた世界がある。

 

神性を呼び起こすこと。

スピリチャルを眠らせないこと。

 

この地球上においてスピリチャルな能力は

現実を動かすためにあるわけではない。

感じ合うためにあるもの。

 

神性が整い、スピリチャルが育っていれば

スピリチャルな能力を意図して使わずとも自ずとそうなる。

 

欲とは意図した行動。

 

願いとは湧き出たもの。

ただその願いだけで良い。

自ずとそうなる。

 

願いが生まれ、行動が生まれ、意図が分かる。

意図は後についてくる。

 

常に意図は後。

意図が先にあってスピリチャルな能力を使って行動した時苦しみが生まれる。

 

純粋な願いが湧き出ることを始まりとする。

 

純粋な願いは光のように軽く、澄んでいて、凛とした心地よさと波動が上がり軽くなる感覚がある。

 

認識されずとも意図を含んだ願いは重い。

 

何かが送ってきた信号については、感覚の善し悪しで判断する。

それが凛としたピュアな光だったかどうか。

 

その願いが純粋なものかどうか常に見極める感覚的能力を養う。

 

純粋な願いを生み出せる身体を養う。

 



●戸隠巡礼 神開き合宿

2018.9.13-15

https://ameblo.jp/lovenication/entry-12399307709.html

 

●AKIRA合宿 atみんなの家 vol.2

https://ameblo.jp/lovenication/entry-12396625206.html