昨日は、
「今を感じる瞑想」
を2回した。
腹式の完全呼吸を10回くらいして
心が落ち着いてきたら
あとは意識を呼吸に合わせておく。
感情や体の感覚が湧いてきたら、
その感情に名前を付ける。
たとえば
喜び
悲しみ
感謝
恨み
憎しみ
痛み
かゆい
小鳥の声
など。
一つずつ感じて、
消えたらまた意識を呼吸に合わせる。
意識をどこに向けるかは
自分の意思でコントロールすることができる
ことを学んでもらった。
感情に向けることも、
体の感覚に向けることも、
何か外の物体に向けることもできる。
普段なんとなく意識を野放しにして
過ごしてしまっているけれど、
それを自分の支配下に置くことができるんだ
という経験をしてもらうことがねらいだった。
極論を言えば
苦しい自分に意識を合わせることも、
幸せな自分に意識を合わせることもできる。
意識を自分の思うままに
コントロールできれば、
自分の創りたい現実を
自分の思うように創っていくことができる。
完璧になんてできたら
神様だから(神様にもなれるのだけれど)
そういうこともできるんだという体験をしてもらう。
そして、
今日の1回目は
「マントラを唱える瞑想」
マントラはこれでなくてはいけないということはなくて、
仏教などの有名なマントラでも良いし、
自分の好きな言葉でもいい。
ゆぃちゃんと相談して
「今ここ」
を唱えることに。
完全呼吸をした後、
「今ここ」
を一緒に唱える。
3分くらい過ぎたころに
唱えるのをやめて
ゆぃちゃんの様子を見る。
すごい
きれい・・・
ゆぃちゃんの心が静まっているのがわかる。
女神様のようなたたずまいのゆぃちゃん。
静かな、
深いところとつながっているゆぃちゃん。
まるで美しい夕陽を見ているような気持だった。
あまりの美しさに
写真を撮りたいと思ったけれど、
そのシャッターの音で
ゆぃちゃんの世界を壊さないように撮影は断念。
ゆぃちゃんが思いのままに
その感覚を楽しみつくすまで
そっとそばに座っていた。
その静かなゆぃちゃんは
そのまま15分以上
そっと静かに
でも力強く
確かな存在感で
そこに
ただ座ってた。
わたしは
それを感じてた。
「ありがとう。
ありがとう。」
なんだか
涙が溢れた。
しばらくしてそっと目を開けたゆぃちゃんに話しかける。
「どんな体験だったかな?」
「ただただ何にもなくて、
無で、
心が楽でした。」
いつでも、
その世界に会いに行けたらいいね。
そこは天国。
天国は
ゆぃちゃんの中にある。
今日の2回目の瞑想は、
「創り出す」
ということをやることに。
自分の願っている状況や状態を
イメージとして自分の中に作り上げる瞑想。
ゆぃちゃんにどうなりたいか
どうありたいか
いくつか候補を出してもらう。
「・・・を許す」
「過去にとらわれません。」
「自分を好きになる。」
「幸せになる。」
「過去」
という言葉を使うと
「過去にとらわれない」
といっても意識は過去に向かうので、
過去のことをイメージして
過去にとらわれてしまう。
語尾が未来形だったり、これからこうなるんだというものだと、
今、なっていないという思いが浮き彫りになる。
そんな話をしながら
創り出す言葉を練り直す。
「・・・を許しています。」
「今を生きています。」
「自分が好きです。」
「幸せです。」
抵抗が大きすぎると、
言葉にしたときに
抵抗が浮かんできて、
その抵抗が創り上げる感情が何度も沸くので、
まずは取り組みやすそうな、
宣言するにあたってしっくりくるものを
この言葉の中から選んでもらった。
「私は自分が好きです。」
に決定。
完全呼吸をした後
「私は自分が好きです。」
と宣言して、
自分が大好きな自分をイメージの中で
創り上げて、その時の心や体の感覚を十分に味わう。
味わい尽したところでまた
「私は自分が好きです。」
と宣言して味わう。
の繰り返し。
途中で
自分のことが好きでない感情などが出てきたら、
それも見つめて
眺めて
感じて
消していく。
ゆぃちゃんの
「わたしは自分のことが好きです。」
というまっすぐで
静かで
確信めいた
その音を感じながら
私も一緒に
その言葉を味わう。
いろんな私が出てきて、
こんな私もいるしな~と思った次の瞬間、
でも、
そんな私も好きだ。
と感じたりして、
私の中の
