朝日新聞
2020.3.19


 新型コロナウイルスの感染拡大により、私たちの暮らしは一変しました。さまざまな「不安」を心に抱えながら、どうつきあっていけばいいのでしょう。


個人が決定できる材料を

平川秀幸さん(大阪大学教授)

   新型コロナウイルスがいま私たちの社会にもたらしている不安には、どのような特徴があるのでしょう。

   大きな特徴は、不安が複合的だということです。

   感染して肺炎になってしまうのではないかという健康上の不安だけではなく、経済や雇用への不安も重くのしかかっています。ウイルスの知識を高めるだけでは不安を解消できないのです。また自分は検査や治療をきちんと受けられるのかという懸念には、行政や制度がはらむ不透明さへの不安も含まれています。

   社会的な不安も見逃せません。感染したら周りから責められたり仕事を続けられなくなったりしてしまうのではないか。そんな恐れにかられて「感染しても黙っていたほうが得ではないのか」「それはやはり良くないのではないか」と、道徳的ジレンマに苦しむ人々がいます。

   なぜこんな面倒な事態になっているのか。原因もおそらく複合的です。たとえば理由の一つに、ウイルスの特異性があります。潜伏期間が長く症状がなくても他人にうつす可能性があるため、どう警戒すべきか社会的な合意を作るのが難しい。感染した際の隔離期間も長いので、職や収入を失う懸念もあります。

   情報公開に後ろ向きで「専門知」を軽視する政治の体質が不透明感を強めている面もあります。公文書を改ざんしたり隠蔽したりしてきた政権が、全国一斉休校のような影響の大きい政策を、専門家の議論を踏まえずプロセスも不明なまま決定した。安心しろと言われても無理です。

   残念ながら、新型ウイルスがもたらす複合的不安は当面なくなりそうにありません。では、不安を抱えながらも前に進んでいけるようになるために何に注目すればよいのか。私は「自己決定」がカギになると考えます。

   生活の方針を自分で考えて決め、実際そのように行動できる。そんな自己決定のチャンスがないと感じられるとき、人は深い不安に陥るからです。みんながそれぞれ個人として判断できるよう社会的な手助けを増やすことが、支援になります。

   治療を受けられるのかという不安を軽くするためには、もしもの際の情報をより丁寧に提供する方策が考えられます。全国共通の原則を示すだけではなく、地域ごとに具体的に主要な病院名を挙げ、ベッド数などの態勢も紹介しながら「こういう症状が出たらこう行動しよう」と指針を提示していくのです。

   政府や自治体に経済や雇用の対策を実行させることも不可欠でしょう。合理的な政策説明をさせることも欠かせません。明日が見えず、未来を自分では選べないと感じさせられる状況では、人は不安を制御できないからです。

(聞き手    編集委員・塩倉裕)