最近何かと論議になっているTPP(環太平洋経済連携協定)問題。

TPPとはアメリカを含む環太平洋9ヵ国が、モノやサービス、雇用や金融、医療などあらゆる分野の自由化を推進するものです。将来的には、アジア太平洋地域の新たな経済統合の枠組みに発展する可能性もあると言います。

日本のTPP参加に対しては、産業界が歓迎する一方、農業や漁業関係者などからは強い反対が起きており、国論は二分しています。この問題をどのように考えればいいのでしょうか。

作家の佐藤優さんの意見を聞きましょう。



守れるところは守りながら
自由化に現実的に対応する


―TPPをめぐる一連の論争をどのように見ていますか。

TPPの基本的な考え方は、関税などの国家の介入を排する「自由貿易」。反TPPは、関税などによって国内産業を守る「保護主義」です。どちらが良いかは大航海時代から300年以上も論争が続いていて、今も最終的な決着はついていません。自由貿易を推し進めると、基本的に一番強いものがどんどん強くなっていきます。強い国際競争力をもつ工業国にとってはメリットが大きい。逆に、日本の農業のように国際競争力のない分野は、大きな打撃を受ける可能性がある。一方、保護主義は世界経済を縮小させ、第2次世界大戦をもたらした苦い経験がある。極端な自由貿易も極端な保護主義も、ともに国民にとっては不利益となります。

―両者のバランスが大事だということですね。

この二つは、時代によって振り子のようにどちらかに振れるので注意する必要があります。2008年のリーマン・ショックまで、世界は自由貿易の方向に大きくシフトしていました。しかし日本はその時代に、自由化の流れにうまく乗ることができませんでした。そこで産業界はTPPへの参加を強く求めているわけですが、今、国際社会はむしろ保護主義に転じています。世界各国は対外的には反保護主義を唱えながらも、自国では当たり前のように保護主義政策をとっています。アメリカでさえ、自国の農業は手厚い補助金で守っています。3・11以後の現在も円が高いのはドルが異常に安いからで、これはアメリカが自国の産業を守るためにドルを政策的に切り下げているからです。EUもまったく同じことをしています。

―アメリカがTPPの締結を目指す狙いはどこにありますか。

今、国際社会は、大国が周辺国から利益を得て繁栄を図る帝国主義的な傾向が強まっています。そして今後、アジア太平洋地域の核となるのはアメリカと中国です。TPPとは別に、アジア太平洋地域の経済統合を目指す枠組みとして提唱されている「東アジア共同体」は、中国に軸足を置くものです。アメリカとしては、日本に中国と組んでほしくない。TPPに参加し、今まで通りアメリカを中心とした経済システムの一員でいてほしいわけです。

―TPPをはじめとした自由化の流れに対して、日本はどのように対応していくべきなのでしょう。

国際社会は大きな流れとしては規制緩和、自由化に向かっており、この流れには逆らえないでしょう。高度な工業国である日本にとって、トータルで見れば「保護主義」より「自由貿易」の方がメリットは大きい。反対派がいうように、自由化は日本の農業や医療、雇用に大きな構造改革を迫ることになりますが、守れるところは守りながら現実的に対応していくしかない。これまでそう考えていましたが、3・11によって状況は大きく変わりました。国が大きなダメージを受けた今、自由化を進めれば復興のためのインフラ工事は外貨に奪われ、外国人労働者の流入によって日本人の賃金、購買力が下がるなど、日本経済に大きなダメージを与えることになりかねない。だから一定期間は保護主義的な政策をとったうえで、日本人一人ひとりが今までの何倍も働き、社会の基礎体力をつける必要がある。そのうえで、自由化の方向にかじを切るべきだと思います。

(朝日新聞2011.7.18)




TPP問題というと何のことかと思いますが、
結局のところ
「自由貿易」vs「保護主義」という
昔ながらの古くて新しい問題だったわけですね。

この二つはどちらか一方が正しいというわけではなく、
その時々の歴史的・社会的条件によってその比重が変わってきます。

世界の国々も、二つの潮流の間で常に揺れ動いてきました。

大震災後という今の日本の状況の中でどんな政策が望ましいのか、
野田首相にはもっと具体的なヴィジョンを語ってほしいと思います。