12月13日

親方の命日です。

2019年に亡くなったので、4年が経ちました。

1歳10ヶ月だった娘はまもなく6歳になろうとしています。


今でもあの日のことは鮮明に覚えていて、記憶が鮮明すぎて思い出すと辛くなるので、あまり思い出さないようにしています。



日曜日に、家族だけで祥月命日の法要を行いました。


娘は、もうパパとお別れなの?と聞いてきて、パパがいないことは分かっているはずだけど、どういう意味で聞いているのか娘の心の内が分からず、答えに困ってしまいました。




親方が亡くなってから今まで、親方が夢に出てきて何かメッセージをくれたとか、そういったある意味霊的なものと言いますか、テレビで見るようなものって一度も無くて、見るのは私の一方的な夢ばかりです。


だいたい、突然元気な親方が帰ってきて、すごく嬉しくて私は泣くんだけれど、でも病気のことが気になって「もう治ったの?」と聞いたら親方は、治ったよ、と言うんだけど、でもやっぱり私の心の中では治ってないんじゃないか、という思いが消えずに目が覚める、という夢。


死、というのはそういうものなのだと最近考えています。

亡くなった人とはどんなに望んでももう触れ合ったり話したり気配さえも感じられなくて、私はそれを少しづつ受け入れていく過程にいます。



でも、1番寂しいと感じることは、親方のことをみんなが忘れていくことです。

どれだけ月日が経っても、親方のことをふと思い出してくれる人がいてくれたら、それが何よりの供養であり私たち家族も救われます。



大好きなあなたへ。

いつもいつも見守ってくれてありがとう。

きっと私を見てハラハラしているだろうけど、色々迷いながらも頑張って生きています。

これからも娘と2人、平穏で暮らせるよう、見えなくても近くにいてね。

会いたくて会いたくてたまらなくなる時があるから、そういう時はそっと側にいてね。

いつかまた会えると信じて。



祥月命日にあたり、親方のことを少しでも皆さんが思い出してくださったら嬉しいです。