いつもありがとうございます。

padparadschas   yogaのMINAKAです。


私はよく、師のいる東京へと追加勉強のために足を運ぶのですが、

利用する新幹線の車窓からは、大体の場合スッキリと視界もクリアに


「これが、ザ・富士山!!」


とも言えるほどに、雲に隠れず美しくそびえ立つ富士山を見る事ができていました。


こちらは、本日正午の富士山。
(御殿場方面から映された景色。静岡県HPから拝借いたしました)


富士山ライブビューイングはこちら。
https://www.pref.shizuoka.jp/~live/



ところが、前回の上京の日は、
掛川周辺だったか、富士宮あたりだったか、
注意しながら車窓を見ていると、
珍しく頭を結構厚い雲に半分隠した富士山の登場でした。


でも私は何故かとても嬉しくて、

「ああ、雲に隠れた富士山も観れたなんて!珍しい!なんだか嬉しい!!」


そう、素直に思いました。


そして、山頂からはきっと雲海のような景色が望めるのか、
もしくは天候悪い日に御在所岳ロープウェイで山頂に登り、そして周辺探索をほんの5分位してみたが辺り一面2自分の足元までしか見えないような、霧に包まれたあの真っ白な世界なのかな…。
色々想像巡らせて楽しんでしまいました。




すると隣の席から結構な大きな声で、

「なんだ、ガッカリやー!!それに富士山、小っちゃ!!」


「…そっかー、
こちらの方は景色楽しみにしてワクワクしてたんだなー。
残念だけどそんな日もあるよね〜。
帰りには全体富士山見れたら良いね!」



私はそう思いました。






私にとっては、裾野が大きく広がる巨大な峰に見える景色ですが、


たしかにこの一目で見おさまる車窓の山は、
人によっては想像したよりも小さく見えるかもしれないなあ。
と思いました。


富士山といえども、
私も「あれが富士山なんだ。」という予備知識がなく、
その実際の姿さえ知らなかったら、その大きさ雄大さを富士山とも思わなかったかもしれません。



でも実際は、麓に行って間近に見れば、
確かに富士山は富士山でしかなく、


そして、雲に隠れ用が隠れてなかろうが、
富士山は富士山。










やっぱりヨガでいうところの、

必要以上に判断したりジャッジして見ると、
実際のありのまま観るチャンスを
(瞑想的に物事をありのままに観る)、


みすみす逃してしまうのではないかと思いました。


人もそんなところがありますよね。


近くでお付き合いしてみたら、自分のイメージとは良きにつけ悪しきにつけ違う事がある。

遠くで見てるから、勝手に妄想的な判断にまどわされてしまう。




目の前のその人や出来事を自分はどう感じるかで、
意外にその一瞬一瞬がもう、自分の未来を選択していて、
それが積み重なった時には、大きな人生の分かれ目になっちゃってたりします。


誰もがどんな現在地に生きているとしても、
目の前の事に向けた選択ひとつで、
同じ景色が彩りに満ちるのかそうならないかが、
意外に決まっていってしまうものです。


繰り返される日常のなかでさえ、

自分から遠くに見えている同じような事柄を、


貴方はどのように解釈して、


そして、判断・選択しているかで今が完全されている。




そんな事がふと心に浮かんだ、今日でした。



本日は全てのクラスお休みですので、
お家のお掃除や諸事消化につとめたいと思います。(^^)



最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
本日も素敵な一日でありますように…!


MINAKA