みなさん、こんばんは。

 

 

今日は昨日と違って、気温がグッと下がりました。

この季節本来の気温ですから、当たり前の寒さですよね。

昨日が暖かすぎましたね。

来週は暖かくなって、お天気が悪くなってまた気温が下がって・・・

となるみたいです。

そうやって暖かく春になって行くのでしょうね。

 

 

 

 

バスツアーの続きを始めます。

まず最初に、大好き!な  いちご狩り  を楽しみました。

 

 

バスは  南アルプス市  から次の観光地の  甲府市  向かって行きました。

 

 

到着したのは  武田神社  です。

山梨県、甲府といったら  武田信玄  です。

その武田信玄を御祭神としてお祀りしている神社です。

 

 

まず、鳥居をくぐってすぐのところにあるのが  三葉の松  です。

普通、松の葉っぱは2枚ですが、

こちらの松の葉っぱは  3枚  だそうです。

そして、黄金色になって落葉することから、身に着けると  金運  の

ご利益があると言われています。

 

 

これがその黄金色の三葉です。

ちゃんともらってきました。

 

 

 君が代  にも出てくる  さざれ石  です。

各地にありますね。

確か赤坂の  日枝神社  にもあったと思います。

 

 

これは  武田水琴窟  です。

底に小さな穴をあけた便を埋め、わずかな水を流すと、

水が穴から水滴となって落ちて瓶の中で反響して、

琴の音に似た音を出す仕組みになっています。

竹筒に耳を近づけると、何とも可愛らしい音が聞こえてきました。

 

 

こちらは  名水・姫の井戸  です。

信玄公ご息女が誕生の際に産湯に使用されたことから、

このように名づけられました。

 

 

こちらは  甲陽武能殿  です。

「甲陽」とは、命名者 観世喜之師の座右の書である、甲斐武田氏の軍学書

「甲陽軍艦」より引用されていて、「甲陽」の意は甲斐の国の輝く様を

表しています。
武能とは、武田氏の「武」であり能楽の「舞」と同じ音につながり、

古来より武芸を嗜む者は同時に舞をも嗜み、

その拍子を己の武芸に取り入れたと伝えられているそうです。

 

 

武田神社は、信玄公の父君である信虎公が永正16年(1519年)に

石和より移した躑躅ヶ崎(つつじがさき)館跡に鎮座しています。

この館には、信虎・信玄・勝頼の三代が60年余りにわたって居住し、

昭和13年には国の史跡として指定されました。

つつじって、ずいぶんと難しい漢字なんですね。

 

 

こちらが  拝殿  です。

ちゃんと住所と名前を言ってから、お礼とお願いを伝えてきました。

 

 

 

 

鳥居から見た風景。

 甲府駅  の方へ続く道がまっすぐではっきりと見えますね。

 

 

 

 

甲斐の国 総鎮護 武田神社

大正4年、大正天皇の御即位に際し

信玄公墓前に従三位追贈が奉告されたのを契機に、

ご遺徳を慕う県民に武田神社ご創建の気運が沸き上がり、

官民一体となった「武田神社奉建会」が創立され、

浄財によって大正8年には社殿が竣工、4月12日の御命日には初の例祭が

奉仕されました。

以来、甲斐の国の総鎮護として崇敬を集め、

平成11年にはご創建80年を迎えました。

 

 

真っ赤な  神橋  です。

とても広い、大きな神社でした。

 

 

武田神社へ行く途中、甲府駅を過ぎたあたりで  甲府工業高校  を通りました。

 「あっ、トシちゃんが出た学校!」  と、私は嬉しくなりました。

駅から近くて、広くてきれいな学校でした。

武田神社のすぐ近くには  山梨大学  がありました。

こちらも広大なキャンパスで、あんな環境で勉強できる学生が羨ましいです。

山梨大学の中に  放送大学  もありました。

そして、お正月の大学駅伝で有名な  山梨学院大学  もすぐ近くにありました。

幼稚園から大学まであるそうです。

そのほかにも、名前の知らない私立大学もあったりして、

なかなかの学園都市なんだな、と思いました。

バスの中から、そんな甲府の景色を見ながら

次の場所へと向かって行きました(*^-^*)