確かに。
「心学」より
人知れず
自分の尽くすべきことを尽くし、
為すべきことを為せば、
...例え、そのことが人に知れず、世間も知らぬことと云えども、
一切気にすることなく、嘆かず、怒らず、憤らずにいれば、
その芽はやがて伸びて、他が知るようになる。
知れぬのはその段階でまだ「尽くした種」
「為した種」だからである。
ところが、人間悲しいもので、途中で不満を生じ、
あきらめたり、投げ出したりする。
種と云うものは地中にあって、表には現れない。
心に耐える力のない人間はあきらめの口実が上手い。
まずは何事も「人知れず、己のみが知る」の心を持ち、
自分自身に愚痴を言うようなことはしないこと。
天地自然の万法はいつも自分を慈しみ、育み、見守っている。
人知れずとも、まずは自分自身が知っている強さを修めること。
心学ブログ http://wanokuni-singaku.seesaa.net/
日本心学院 https://www.facebook.com/nihonshingakuin