神道は本来シャーマニズムではないそうです。
少なくとも漢字と共に入ってきた大陸の文化の影響を受ける前の縄文神道では。
参照 ヲシテ文字
縄文時代のヲシテ文字を研究されているかたのサイト
びーちぇさんのサイトより
http://plaza.rakuten.co.jp/beace/diary/200511010000/
**************************************
>日本は八百万の神・・・多神教でしょ?
いいえ。
ヲシテ文献によれば、
古来から日本は多神教ではなく、
宇宙大原理をカミ(モト・祖)とする、いわば一神教です。
神という、大陸から入ってきた概念ではないので、人格はありません。
易しく言えば、大自然がカミなのです。
いわゆる他所から入ってきた宗教の概念からは捉えられないもののようです。
人はですから、カミ(自然)と対立することはありません。
それが、現在の神道の元になっております。
神道のさまざまなカミといわれているのは、祖先の方々であり、
例えば明治神宮や乃木神社の祀られ方が、本来の姿なのです。
亡くなられた方は、すべて宇宙原理の根源へと還っていく・・・
他には、いくつかの自然現象をカミ(これもモト・祖という)と祀ることがあり、
それによりその力を知ろうとしたもののようです。
これを知れば、
お墓参りをするということには、神道や仏教であろうが、キリスト教であっても関係なく、
私たちの心の底に、遺伝子のように受け継いでいる古来の想いが、
今も存在するのがうなずけますよね?
大自然を含めた祖先を祀るということが、
我が国方式の、唯一の宗教と言っても良いでしょうから。
「ヲシテ文献」の完全な写本が発見されたのは平成4年であり、
研究者も少ないため、まだ一般的に知られてはおりませんが、
古事記・日本書紀の原本という証明がすでになされています。
引用おわり
*****************************
シンプルにご先祖様を敬うということ。
昔の日本人は良く知っていました。
人格のある一神教と全く違います。
創造主というとキリスト教のようですが違います。
分かりやすく言うと大自然のことです。
宇宙そのものです。
縄文時代ってキリストよりも遙かに昔ですからね。
キリスト教など他の国では、
日本のように人が亡くなった後
法事やらお墓参りやらしないですよね。
仏教国でさえ日本ほどしないでしょう。
日本ほどご先祖を敬う国はなかったと思います。
スピリチュアルの方で神道を批判しているサイトを見たことがありますが
ここまでご存じなのか…
縄文以来の伝統がなくならないように願います。
家族の崩壊=ご先祖様、そして(直近のご先祖にもなる)父母を敬うことの崩壊、道徳の崩壊
テレビでは「色々な形の家族がある」という内容のドラマがあるそうですね。
家族のカタチ TBS
私は見る予定はありませんが。
テレビは洗脳装置ですから気をつけましょう。
(よければ右の「テレビ」のテーマから過去記事もご覧下さい)
尖閣諸島や竹島、TPPなど
外からの侵略だけではなく日本の中から日本人が崩壊するのを見ているのはつらいです。
また、科学という宗教(?)に洗脳されている現代日本人のほうが縄文人より無知なことも
あるかと思います。
ソクラテスの「無知の知」 にあるように
「自分は無知であることを知っている」という謙虚な氣持ちになって色々学びたいと思っています。