【闘病息抜き】封神演義の話
▽リメイク/周年記念という人生のログインボーナス 子供の時にはまったものが大体25〜30周年になってきた。(長生きは誇らしいこと) それとなく長く生きてきて、若い時にがっつりはまったものが再興していくのは嬉しい。 私が個人的に思うのは新規参入ファンや新作などの新しい動きはありがたいが、実はどうでもよくて、過去あの時を一番気持ちよく過ごさせてくれた当時の熱意とその思い出を反芻して、じっくり味わう時間にしか興味がなかったということ。 年齢を経てくると、あの時若かった熱意、盛り上がっていたグルーブ感をその当時のまま同じように取り戻せないことが、ある程度経験則として分かってしまう。 だからこそ、過去を思い出すという少し工夫と深みのある楽しみ方の方が優位に立つ。その方が圧倒的に初期費用が不要だし、超楽だし。(思い出すとかDQ6か〜〜〜?) というわけで、今回の話のタネは、「封神演義」。 封神演義の良さは圧倒的尖りにあると言っても過言ではないほど、王道の皮を被ったダークなストーリーラインである。 血縁者の血肉で作られたハンバーグを分かっていて食べるというのはどういう心境なのか。本当に当時よく考えさせられた。 また主人公も故国焼かれし知性的な主人公で、それが約束されし仙人になるし、圧倒的知性を持っているのにひけらかさないし、主人公の策で大体解決するし、いつの間にか宇宙人と宇宙規模の話が展開されるし。色々と時代が早かった作品。 最近、新作も出たけどかなりのクオリティで神作であった。(是非読んでください) 封神演義の良さは背景の書き込みや絵の美麗さが特に際立っていたと思う。独特な絵柄なのに綺麗でその人の味でまとまるのは、きちんとした画力があるから両立するのである。 ストーリーラインはうろ覚えだが、妲己ちゃんが腸を貪り食ってから、趙公明あたりまで独特な面白さがあって、蓬莱島に乗り込むまで推しの王天君と楊ゼンさんに左右からパンチ喰らってぶちのめされて死んでた青春時代だった。(ウケる) ダークヒーローとしての側面を背負った王天君の異質さは、必要悪であり、綺麗事だけでは世の中は回らないという事実を中学生の私に突きつけた。偉い子。撫で回したい。 楊ゼンさんはイケメンで頭も良くて自分すごいんです、を全部自分で言うから面白いキャラだった。(でも壮大な過去持ちです!) 勧善懲悪の王道のストーリーラインはジャンプにたくさんあったので見飽きていた私だったが、遊戯王や封神演義など、クレバーさで生きている主人公が、人生を乗り越えていく展開がすごく好きだったし、限りなく癖に刺さった。 この世に生まれ落ちてからジャンプに辿り着くまで、無理解・過保護の毒親の生きづらさを抱えていた私にとって、自分の持ち前の知性で人生を攻略していく話がめちゃくちゃ好きだったのだと思う。 毒親だと言うと食傷気味になる人もいると思うが、私は親についてあまり重く考えていない。褒められたことより傷つけられたことの方が多かったのに、である。 しかし、親は今になっても私の人生のハンデみたいなものであり、いてもいなくても私の人生はいいように攻略可能。すでに私の存在がそれを証明しているので、実親のことで悩むのはあまり意味がない行為になってきたのが最近の私。 つまらないもの、益のないものに経験値を割かない生き方も多いにあり。無駄であるし、経験値稼ぎが楽しい方が効率がいい。 同時に、私が愛する世界に実の親の権利や意向は関係ない。 親がいなくても、私の推しの世界と好きはいつだって潰えない。 だからこそ、武藤遊戯や太公望は、ロジックと戦略と知性で自由を手に入れる。 そんな知性的な話が私の人生の攻略本みたいで好きだった。 生きていたら、嫌なこともあるけど、残念ながら人生のログインボーナスは沢山生まれてくる。 25周年、30周年、その先は、何周年? あと何年待てば公式は私達に喜びを与えてくれる? 精神疾患に陥ると、未来をカウントすることを忘れてしまう。 未来は苦痛と共にある。何をしなくても美しくて綺麗で、輝かしいものではないからだ。 でもその、過去を私たらしめていた彩りを思い起こさせてくれるのは、病気や親とは全然関係ない、なんてことないフィールドだったりする。 そんな私の最近の夢は、デュエリストになること(笑) ガチ目のYPよりファンデッキかバーンデッキを回す人間になりたい。 まだ、人生において小学生みたいな夢を見続けているのだ。 そんなんでもいいと思う? 私はいいと思う。