自分の都合で何かを申し出るときには、しっかり確認してから
最近はあまり神社にも行っていないし、これといって特別な出来事もない。
そんな日々の中で、ふと心に引っかかった出来事があった。
一通のメール
その中の言葉に、私は思わずドキッとした。
そして、これまでの自分の生き方を振り返ることになったの。
説明書が見られなくなった
以前、あるものを購入したことがある。
その説明書はPDF形式で、スマホからいつでも確認できるようになっていた。
ところが、スマホを機種変更してから、なぜか開けなくなってしまった。
半年ほどあれこれ試してみたものの、どうしても見ることができない💦
スマホの操作に詳しくなく困った私は、思い切って販売元に説明書を再送してもらえないかとお願いすることにした。
すると、返ってきたのは「再購入になる」という返答だった。
そうか、もう一度購入しなければならないのか……。
少し残念な気持ちになりながらも、購入ボタンを押そうとした。
けれど、その前にもう一度だけ確認してみようと思った。
いつもとは違うAIに、状況を説明して尋ねてみたのだ。
すると、なんと!
見られなくなっていた説明書が、ちゃんと見つかった。
あれほどあれこれ試しても駄目だったのに。
思わず「よかった!」と声が出た。
届いた言葉に、ドキッとした
説明書が見つかったことを販売元にメールで伝え、
再送をお願いしたことを謝罪した。
すると、こんな趣旨の言葉が返ってきた。
「自分の都合で何かを申し出るときには、しっかり確認してからにしないと、相手に迷惑をかけてしまう」
その言葉を読んだ瞬間、胸がドキッとした。
もちろん、相手を困らせようと思ってお願いしたわけではない。
自分では困っていて、どうにかしたいと思っただけだった。
けれど、相手の立場から考えたらどうだろう。
私がもう少し確認していれば、相手に余計な対応をさせずに済んだのだ。
私はなんて甘ちゃんなのだろう・・・
そう思ったとき、今回のことだけではなく、これまでの自分の行動が次々と思い浮かんできた。
これまでの人生で、私は何度か、十分に確認しないまま物事を進めてしまったことがある。
「こうに違いない」
「いつも通り」
そんな思い込みで見切り発車して、あとから間違いに気づき、
訂正したこともあった。
そのたびに反省したはずなのに、また同じようなことを繰り返している。
私は、自分の学習能力の無さに恥ずかしくなった。
いい年して、と自分が情けなくなった。
自分を大切にすることは、自分の都合だけを優先することではない
以前は自分を後回しにしてきた私は、最近は、自分が困ったときには、誰かに助けを求めてもいいと思っている。
もちろん、それは間違いではないと思う。
困ったときに助けを求めることは、決して悪いことではない。
でも、今回の出来事が気づかせてくれた。
自分を大切にすることと、自分の都合だけを優先することは、同じではないのだ。
自分が困っているときこそ、少し立ち止まって考えてみる。
今一度、自分で確認できることはないだろうか。
相手にお願いする前に、もう一度調べてみたらどうだろう。
そのひと手間が、相手への思いやりにつながる。
そして、相手の立場を考えることは、決して自分を犠牲にすることではない。
自分も相手も大切にする。
そんな関わり方ができたらいいなと思う。
立ち止まることも、学びのひとつ
今回の出来事は、説明書が見つかって一件落着。
それだけで終わることもできた。
けれど、たった一通のメールが、私に大切なことを気づかせてくれた。
これまでの失敗を思い出して、
自分の学習能力のなさに落ち込んだりもしたけれど……。
気づけたのなら、ここから少しずつ変わっていけばいい。
何かをお願いするとき。
何かを決めるとき。
焦って行動する前に、ほんの少し立ち止まって確認する。
その小さな習慣を、これからの自分に身につけていきたい。
年齢を重ねても、まだまだ学ぶことはあるものだ。
良く言えば“伸びしろ”だ。
この年になっても伸びしろがあると思えば気持ちが明るくなる。
そして、日常の何気ない出来事の中にも、
自分を見つめ直すきっかけは隠れているのだ。
あなたも、心に残る気づきで癒されますように☘️
