アースデイの頃の4月中旬に
近くの空き地に毎年違う植物が育っているのを見かけます。




今年はヤハズノエンドウカラスノエンドウ)

という名前の植物が育ってました。


同じ空き地に毎年違う植物が育つのがおもしろいなあ。



今年咲いてた『ヤハズノエンドウ』の花言葉は

「小さな恋人たち」

「喜びの訪れ」「未来の幸せ」「絆」

春に小さな紫色の花が2輪仲良く並んで咲く様子や、春の訪れを告げる生命力に由来している。


だそうです。

幸せなエネルギーの植物ですね🌿




最近、小学校の図書室の本棚整理をお手伝いしていた時にふと目についた本がありました。



こちらの本。↓



お手伝い中なのに、気になってしまって
読んでたんです。

そしたら図書の先生が
「その本、タイトル見ただけで入荷してみたら
小学生向きじゃなくて大人の本だったの。笑」
と教えてくれました。

手伝いに来た大人の私がまんまと気になって
つい手に取りました。
出会わせてくれてありがとう。
照れ


ここにも書かれている 「大丈夫なふり」ってのは
相手を気遣ってのことだったり
自分を何かから守ろうとしてたり
素直に伝えることができない環境や状況だったり 
「こうしたほうがいいのかも」って思い込んでいたり
そのままの表現だと受け入れてもらえないだろうな。と諦めているようなときにも
人は「ふり」をするのかなと思います。

『ふり』と『嘘』って
ニュアンスがまた違うのかな?
何が違うんだろう。

心に染み付いた思い込みから
その『ふり』に繋がることから色々なことが頭に繋がりました。
普段、色んな人の話を聞いていて  
「幼少の頃に失敗しても受け入れてもらえて
安心できた環境」
「周りの理解がありながら成長できた環境」
があった人は幸せだなぁと思います。
それが当たり前だった人はそれが幸せだとも気づかないかもしれないけど。


失敗しながら学んでいく環境で心が育つ中で
「今回は失敗だったけど、次は克服できるかな。どうしたらいいかな。」って
それを安心して行動に繋げられる環境はすごいこと。

その前向きに考える気持ちが育つことも
シンプルに幸せなことだなあと思います。

🌱


もし幼少の頃からそのままの自分を受け入れられずに、

「相手が良しとする条件」でしか自分を受け入れてもらえなかった環境だったとして

そんな状況が当たり前のようになっていて

無理やり感情に蓋をして生きていたら


いつかもし

『当たり前のように全部まるごと愛されて育った環境の人』と話をする機会があったとして

根本的な考えかたが全く違っているのは当たり前だと思います。


どちらがどうとは解らないけど

きっと色んなフリもしてしまうようになるかもしれない。


もし他の人に

『あなたは恵まれてるからいいよね』っていうモヤモヤした気持ちばっかりが大きくなってしまったら

自分を守ることでいっぱいになってしまうかもしれないですよね。


でも過去にどんな環境があったとしても

今、自分の心はまず自分が大切にして受け入れて

心から望む方向に少しずつでも行動ができてきたら

これからの素直な自分を肯定的にみてくれる人にちゃんと出会うと思っています。



アースデイの意味とは違うかもしれないけど

人の心も地球の自然の中で生きていて🌏

枯れてしまったり、なにかを糧に豊かに成長したりして自分を知りながら

適材適所でいきいきと咲けていたら

とても幸せだな、と感じます。


🌸🍒







漠然となんだけど、

その人の本質のようなものが伝わることがあります。


本質のままを生きてる人と話していると

違和感を感じることもなくて落ち着いて安心してこちらも会話ができて信頼関係も築きやすく感じます。


逆に本人の本質とは随分ずれてしまった方向に向かっている人は

言葉だけじゃなくても、発してるエネルギーみたいなものからも違和感を感じることがあるんです。

受け入れさせないエネルギーのトゲをバシバシ発しながらも、なぜか近づいてくるような感じ。


心の弱さを守るために

嘘や見栄みたいな鎧で固めてしまった人、

恐れから頑なに伝えることをしない人は

自分を守っているつもりでも

相手に違和感や不信感や居心地の悪さを与えてしまうので

結果人を遠ざけることになっているかもしれない。

でも人を傷つけても気づかずに

うわべでは『自分は守られている』っていう勘違いをしつづけているかもしれないです。


もし心を閉ざしながらも

例えば『愛がほしい』と願っているとしたら

自分がまず常々 自分自身の感情と向き合って

素直に受け入れていかないことには

愛されたくても誰かと向き合うことさえできないし

自分の感情と向き合えなかったら、結局逃げてしまうことになる。



シャンパンタワーの法則とも呼ばれているように

自分を愛すのはまず自分で

気持ちを理解してあげられるのはまず自分で

そこから内観をしていけるんだと思います。


安心や癒しは人に求めることよりも

まず自分で自分の心を理解してあげることなんだと思います。


心の動きに気付くことは常に

「どうして今自分はこうしようと思ったんだろう。」

「なんでこの行動をしたんだろう。」みたいな

小さなどうして、なぜ。を大切にした心の動きを知ること・理解していくことなのかなと思います。


それが安定した自分との関係性をつくっていくのかなと。


『本質』って

頭で考えた先にあるんじゃなくて

心にもともと自然と備わってるものだから

毎日少しでもリラックスできる方向に自分を居させてあげるのがとても大切なことだと思います。

自分のリラックスできることは自分にしかわからないことなので。


お風呂でゆっくり解放してあげるとか😌♨️


自分のエネルギーをクリアにクリアにしてあげる。


それから本来の自分が活かせたら

それはもう幸せの波紋が広がっていくんだと思います🌸


「豊かさ」ってなんでしょう?


よく見聞きしますし

私も大切にしていたいことです。



人によって豊かさって違うのかな?



定義はそうですよね、

その人が大切にしていることによって違うのだろうけど


私は

「もうすでに有る意識」が

豊かさというのを育むのかなと思います。


種を育てていくような。


『理想としているものがすでに自分にはある』

としたら。



たとえば誰か 相手に対しての行動って

心が原動力で発信されますよね。


その大元の心が信頼から生まれていて

ポジティブな愛みたいなものから相手への発信だったら

争いなんてなかなか生まれないような気がするし

笑顔が生まれたりしますよね。


または

自分には不足しか無いと思いこんでいて

「自分には無い」が大元の意識なら

相手から奪うような行動になっているかもしれない。

時間もエネルギーも。


相手も奪われることに抵抗して争いが生まれるかもしれない。



育つ環境や、自分をつくっていくための

豊かさを生み出す土壌は

まずは保護者からの愛だったかもしれない。


でも

豊かさの土壌の基盤が与えられた人生は

もしかしたら、今では忘れた意識の自分が設定したかもしれない。


逆に

信頼なんてどういうことなのかの見本もなく

解らないまま、愛を放棄された土壌だったとしたら

そこから人に関わる人生は

自分の感覚を麻痺させてしまわないと耐え難い人生だったかもしれない。


でもそれももしかしたら

今では忘れた意識の自分がチャレンジングな設定を自分に課して生まれてみたのかもしれない。


それは解らないことなんだけど

確実に心が育つ土壌は人それぞれに違うんだけど



ただ、それに気付いたときから

豊かさを意識して作っていくことはできると思うのは

自分の意識は自分でしか変えられないから。


「どういう自分でいたいか」って意識があるなら


『すでにその自分だったらなにを選んでいるか』とか

『どんな行動をしてるか』とか

『相手に対してどんな態度や言葉をかけているか』って


すでに全てが自分の中にあるっていう意識から

言葉や行動を選べたなら、

もしかしたらそれが

【本来の愛からの選択ができている豊かな自分】なのかもしれませんね。




だいぶ前ですが

【置かれた場所で咲きなさい】っていう本を

いただいたことがあります。






タイトル通りで

本当にそうだよな。と思うことが多いのですが


今居るステージでの自分の学びを終えると

ちゃんと次のステージがあって

今までやってきたことが実になってかえってきたりする。


植物を適当な環境で育てることも

自分を育ててあげることも似ているような気がします。


豊かな気付きは日常にたくさんある。


たくさんの気付きが今日もありますようにクローバー