スピンオフ編~東京都葛飾区柴又・男はつらいよのすべてが分かる『寅さん記念館』 | Love Beef Cutlet? Eternal Traveler~生涯旅人

Love Beef Cutlet? Eternal Traveler~生涯旅人

全国各地のビーフカツを紹介している超変人の超マニアックなブログです。最近は国内、韓国、中国などのB級グルメについても書いています。

ビーフカツを求め全国各地を彷徨う超変人の超マニアックなブログです。今回はスピンオフ編。ビーフカツやその他の食べ物からは離れ、これまでの国内外の旅などで印象に残っているスポットなどをご紹介します。今日は、東京都葛飾区柴又の『寅さん記念館』をテーマにします。

 

 

最寄駅は

京成電鉄金町線

『柴又』。

 

 

駅から徒歩3分

帝釈天山門前を右に曲がります。

 

帝釈天の境内を抜けると

近道になります。

 

 

帝釈天から

さらに5分ほど歩くと

『寅さん記念館』

『山田洋次ミュージアム』

『TORA san cafe』と書かれた

アーチが現れます。

 

 

このアーチの左側が

『寅さん記念館』と

『山田洋次ミュージアム』の入口です。

 

寅さん記念館は

映画『男はつらいよ』の世界観と

各種資料を再現・展示するため

1997年11月に

映画の舞台である柴又に

開館されました。

 

 

ファサードには

『寅さん記念』の文字が貼られ

最後の一文字である

『館』を抱えている人がいます。

 

 

前に廻りよく見ると

映画の主人公『車寅次郎』を演じた

渥美清さんの人形です。

 

記念館は

名誉館長である山田洋次監督の

想いに基づき

3年に1度リニューアルされています。

 

現状のものは

開館以来7回目となった

2019年4月のリニューアルのものです。

 

 

入口を入った最初の部屋は

『葛飾柴又撮影所』と題され

撮影所の風景が再現されています。

 

 

撮影所内では

山田洋次監督を始め

カメラ、音声、メークなど

様々なスタッフの姿が紹介されています。

 

『男はつらいよ』は

1968(昭和43)年10月~翌69年3月まで

26回に渡り放送されたTVドラマでした。

 

ドラマは大ヒットしましたが

最終回で寅さんが

奄美大島でハブに噛まれて

死んでしまうという結末に

視聴者から抗議が殺到し

映画化につながったという

面白いエピソードがあります。

 

TVドラマが終わったのが

1969(昭和44)年3月で

映画第一作が上映されたのが

同年の8月ですので

たった5か月でクランクアップしだのですね。

 

映画のシリーズはその後

1995(平成7)年の48作目まで続き

山田洋次監督は

全作品の原作・脚本を担当し

第3作と第4作を除く46作品で

監督を務めました。

 

因みに

渥美清さんが1996(平成8)年に

お亡くなりになった後に

回想シーンを活用して制作された2作品も

山田監督によるものです。

 

 

次の部屋には

正面に帝釈天の山門が置かれ

右側には実際に使った『くるま菓子舗』のセット

左側には寅さんの生い立ちを説明する

ジオラマなどがあります。

 

 

紙芝居風に仕立てられた

6つのジオラマでは

『男はつらいよ』が始まるまでの

寅さんの生い立ちが紹介されています。

 

 

その1『ガキ大将の寅』

 

1935(昭和10)年

寅次郎は

柴又でだんご屋を営む

車平造と菊という芸者の間に

不義の子供として生まれました。

 

幼少より腕白坊主で

両親を手こずらせます。

 

 

その2『東京大空襲』

 

腹違いの妹さくらが誕生して間もなく

父平造が出征。

 

1945(昭和20)年の

東京大空襲の時には

寅さんはさくらの手を引き

江戸川の土手で

その様子を眺めていました。

 

 

その3 『父の復員』

 

敗戦から3年経った

1948(昭和23)年のある日の夜

南方戦線から父平造が帰って来ましたが

やせ細った身体は骨と皮

餓死寸前の哀れな姿でした。

 

 

その4 『ついに家出』

 

1951(昭和26)年

トイレで煙草を吸っていた寅さんは

父に見つかって殴られ

家出を決意します。

 

10歳になったさくらは

貯金箱にあったなけなしのお金を

夜の柴又の駅で寅さんに渡し

別れを告げました。

 

 

その5 『テキ屋の修行時代』

 

家出後

寅さんはテキ屋の子分になり

商売を手伝っていました。

 

お祭りや縁日で花形だったテキ屋は

寅さんの子供の頃からの憧れでした。

 

右端で

バナナを持って座っているのが

寅さんです。

 

 

その6 『20年ぶりに故郷柴又へ』

 

1969(昭和44)年

34歳になった寅さんは

望郷の念に駆られ

20年ぶりに故郷柴又に姿を現します。

 

そして

ここから映画のストーリーが始まります。

 

 

寅さんヒストリーを

見終えた後に

くるま菓子舗に入ります。

 

 

店先では

いつものように

寅さんが居眠りをしています。

 

こちらも撮影シーン仕立てで

上から音声さんが

マイクで音を拾っています。

 

 

草団子を作る調理場も

忠実に再現されています。

 

 

居間で

おいちゃんやおばちゃん

さくらがお茶を飲んでいると

不意に表に寅さんが現れる

そんな映画の導入シーンが

思い起こされます。

 

 

くるま菓子舗のセットの裏には

さくらの旦那の博の勤務先

『朝日印刷所』のセットが。

 

 

工場内では

たこ社長と博が働いています。

 

前田吟さん演じる博は

大学教授の息子ですが

父と対立し高校を中退。

 

新宿でくすぶっていた時に

タコ社長に拾われ

印刷工場の職工として働き始めます。

 

因みにTVドラマでは

井川比佐志さんが博士の名前で演じ

町医者という設定でした。

 

また妹さくらは

映画では倍賞千恵子さんが演じていましたが

TVドラマでは長山藍子さんでした。

 

 

このあとに続く資料展示室にある

寅さんの全財産。

 

トレードマークの腹巻

洗面具入れ、富山の薬

目覚まし時計にうちわ

蚊取り線香まで入っています。

 

 

記念館を出ると

アトリウムになった中庭があります。

 

 

床には

作品ごとのロケ地をイメージする

絵が埋め込まれています。

 

第1作目のロケ地は奈良と京都

マドンナは光本幸子さんでした。

 

 

最終作の第48作のロケ地は鹿児島

マドンナは浅丘ルリ子さん。

 

さくらの息子の満男のマドンナは

後藤久美子さんでした。

 

 

寅さんのカバンをオブジェにした

ベンチもあります。

 

 

館内のそこかしこに

寅さんをモチーフにした

デザインが施されています。

 

中庭に面した

事務所の扉の小窓は

寅さんの顔になっています。

 

 

中庭に面した一室は

『山田洋次ミュージアム』で

撮影機材や映写装置

監督作品のシナリオなどの資料が

展示されています。

 

 

さほど大きな施設ではありませんが

興味深い展示が数多くあり

とても楽しめます。

 

寅さん記念館

東京都葛飾区柴又6-22-19

03-3657-3455

9:00-17:00

第3火曜日と12月の第3火曜~木曜日休館

入場料 大人一人500円

隣接の『山本亭』との共通券は550円

 

次回は、本日15:00にオンストリート編。過去の旅などで脳裡に焼き付いている街角の光景をご紹介します。テーマは、東京都墨田区、台東区&荒川区です。