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お義母さんが亡くなりました。
最後まで穏やかで優しく賢い人でした。
双子が生まれてから数年は、私が予想してたよりはるかに忙しく大変で、お義母さんを最優先にはできませんでした。
私も40過ぎてから体力がどんどんなくなって、いつも精一杯でした。
お義母さんの定期受診も、2年前くらいからは同行してたものの、
こどもが発熱で行けなくなったりして、その後も自分で行けるという言葉を信じてたらしばらくの間言っておらずまた具合が悪くなったり。
それがあってからは病院は必ず同行することを決めました。
昨年の半ばのことでした。
歯医者の予約のためお義母さんを迎えに行きました。
するとお義母さんは転んだらしく血だらけになっていました。
顎を見るとパックリ避けていてすぐに病院に連れて行きました。
顎の下は形成外科でないと処置できないほど避けていて、それに加えて下唇が外側と貫通していました。
数日経つと顔に青い痣ができ、それがお義母さんを鬱々とさせました。
週一のデイサービスを2ヶ月ほど休みました。
その辺りからはできるだけ毎日顔を出すようにしました。怪我の処置だけでなく、外に出たくなくなったお義母さんの代わりに買い物にも行きました。
お義母さんはいつも私に『あなたのおかげで生かされてる』と言いました。
生きているのが嫌になったのかな?余計なお世話だと思っているのかな、と、考えたりもしましたが、
お義母さんはいつも穏やかでしたので、
今考えると感謝の気持ちで言った言葉だったんだと思います。
毎日服用する薬は、薬カレンダーにで管理していました。
お義母さんは私が手渡しすればその場で飲んでくれましたが、なかなか自発的には飲めませんでした。
私が仕事に行く前に顔を出し、新聞をもらうていで薬を渡すのが日課になりました。
秋ぐらいは自分で自炊も再開するようになり、元気になってよかったなと感じました。
12月の半ばくらいから、私はお義母さんの顔色が少しよくないなと思い始めました。
前回の定期受診では問題なかったし、注意深く観察していましたが、段々朝玄関を開けて郵便受けから新聞を取るということもしなくなりました。
呼び鈴を鳴らしても玄関は開けられず、
合鍵を持っていなかった私は断念するしかありませんでした。
長男がお義母さんに溺愛されていたので合鍵を置いてある場所を知っていて、長男から開けてもらいました。
私自身勝手に家に入られるのは嫌なので迷いましたが、鍵の場所を教えてもらい、そこから入るようになりました。
声をかければ起き上がり、私がお義父さんの線香をあげているとゆっくり起きてきてくれました。
ご飯は食べてますか?と聞くと、寝ていると楽だし、お腹も空かないと言いました。
あなたも忙しいから、春までは自分でなんとかするし、来なくても大丈夫だよ、と言われました。
それは拒否でもなんでもなく、私に対しての気遣いだったと思います。
だけど私は、このままでいいよ、なにもしなくていいよ。このまま死ぬならそれでいい、と言われてるように感じました。
よくないよな、よくないよなと思い、年末何度も病院に行こうと誘いました。
でも実際私の子供たちが順番に小児科にかかるような毎日でしたし、
お義母さんが定期受診している病院は午前しか受け付けていないので、支度に時間がかかるお義母さんは間に合わないと判断することが多かったです。
私の仕事も自分も含め誰かの通院で抜ける時間が多くなり、後ろめたい気持ちも多かったです。
年末年始の休みが長く、これを逃したら具合が悪くてもどうしようもなくなるからと言っても、
お義母さんからは寝てれば大丈夫だからと言われ続けました。
年末年始はお義母さんの長男が帰省したので安心しましたが…
私が発熱、休みの並びの都合でかかりつけの受付時間には規定の検査時間が合わず、市販の検査薬を探すもコロナ用しか手に入りませんでした。
仕事始めの平日に旦那と次男が発熱し、そこでやっとインフルエンザの判定をうけました。
お義母さんはインフルエンザを患ったことは一度もないと言っていましたが、あんなに弱った人に会いに行くことはできませんでした。
小さい子の誰かが順番に風邪をひき、私にもうつる、という日常もあり、
お義母さんに会にい行かない選択をした日も多かったと思います。
私が最初に解熱し、やっとお義母さんに会いに行った日、お義母さんは幻覚・妄想が見えているようで、正月休みの終わりに自宅へ帰った長男がまた来てくれてそこの部屋にいると言っていました。
他にも電波障害がどうとか言っていたので、これは緊急だと判断し、同時に転んで腰を打って痛くて歩けないというお義母さんを肩で抱えて病院に行きました。
今まで処置すれば復活して、しばらくまた元気でいられたので、今回もそうだと思っていました。
今回2回目です。
1回目も相当キレたけど、はずかしさもあってここに書かないことを選びました。
だけどまた繰り返されたので…
愚痴ります。
まずは1回目。
昨年秋頃、探し物をするべくクローゼットを開けました。
それが始まり。
小学生が買えるレベルじゃないほどのポケカやら一番くじやら。ポケカは300枚くらい、一番くじはラストワン賞まで見つかりました。
そこで発覚したおばあちゃんからの破格のお小遣い。
しょっちゅうお小遣いをあげてることは知っていました。
旦那も、よかったね!って言ってるぐらいでした。
でも使い道がこれとは!!
更に、カバンの中を覗いたら、おばあちゃんからの誕生日祝いの封筒のみ残ってる。
丁寧に10万円と書いてあるけど中身なし。
えっ?!
こどもに直接渡したの?10万を?
しかもこどもは4万しか使ってなくて6万はどこかへいった、と言う…
簡単にもらったお金だから割り切れるのか?
自分で稼いだお金6万なくしたら冷静ではいられないよ?
おばあちゃんからのどんどんエスカレートするお小遣い。
普通小学生に直接10万渡す?
この時の旦那は、おばあちゃんを庇い、私があまり孫を会わせないからだと私を批判しました。
かなり腹が立ったけど、私には言えないような言い方でおばあちゃんにもうこどもに直接おこづかいを渡さないことを約束させました。
後日、おばあちゃんは「迷惑ばかりかけるからいっそ老人ホームに入った方がいいんじゃないか」とわざわざ言いに来ました。
そういう問題か?!
そんな息子も中学生になり、毎月のお小遣いは3,000円に決まりました。
なのに今回!
またしてもありえないレシート発見!!
ここ2〜3か月で4万くらい?
コンビニのお菓子に12,000円?
中古のスマホ?
誰もこどもにこんなお金渡してないのに…
もしやかつあげしてる?と旦那と不安に…
犯人はおばあちゃんでした。
今回は私も一言言わないと気が済まなくて、
「どんどん金銭感覚壊れていってるので、
こどものこと本当に可愛がってくれているのなら、もう絶対に渡さないでください」とお願いしました。
どれくらい渡したのか聞いたら「1万円を何回か」と。
どうせ何回か覚えてないし、あの事件からまだ1年もたってないというのに…
そしてまた同じセリフ。
「迷惑ばかりかけていっそのこと養老院でも入ろうかと…」
また出たそれ!私が悪者なの?こっちはそう言われるの想定してたし、そもそも悪いと思ってるときに言わないセリフ。話逸らしてるよね。
「そんな話しに来たわけじゃないのでもう帰ります」と言って帰りました。
12歳になぜそんな大金渡す?
3,000円のお小遣いはなんの意味もないし、
あればあるだけ湯水のように使う。
その使い方は自分で稼いでからやって、と何回言ってももう金銭感覚壊れてるから注意すればキレる。
おばあちゃんもこどももどっちも信用できない。
お金って怖いのに…
なぜ自分の気持ちが最優先される?
もうあげないってなぜ約束できない?