ばーばが
「じーじがおりません」
と、ノートにしばしば書く理由がわかりました。
ばーばは今まで、私が仕事などで家に居ない間、
ずっとじーじの見守り(見張り)をしてきました。
特に、徘徊がピークだった頃は、じーじがいなくなった時間をメモし、
私の職場や携帯に電話をしてくれていました。
だから、ばーばにとって
「じーじがいない」=「徘徊」=「迷惑がかかる」
ということなんです。
きっと、当時の大変だった日々の記憶が残っているんだと思います。
もうじーじは徘徊することも無く、天国でゆっくりしているというのに。
じーじを探す必要は無いのに。
ずっとずっと、じーじの様子を見守り続けてきたばーば。
いきなり「亡くなりました」と言われても、やっぱり受け入れられないよね。
じーじが亡くなった日は、泣き続ける私を励ましてくれたばーば。
顔は白い布でおおわれていても、いつもと同じように布団に横たわっているじーじの姿は、
ばーばには、普段と変わらなく見えていたのでしょう。
でも次の日、納棺の前にじーじのほっぺに触れたばーば。
その瞬間に、冷たくなったほっぺの感触に、すべてを理解したようでした。
「起きて。起きて。」
「寝とっていかん。」
「起きて、シッコに行くよ。」
「じーじ起きて。キャラメル食べて。」
泣きながら、ずっと同じことを繰り返し言っていました。
「じーじ、冷たくなっちゃった。」
泣き叫びながら、ずっとじーじのほっぺを触り続けていました。
その日以来、ばーばの前では、私は泣くことをやめました。
白内障のかすむ目と聞こえの悪い耳では理解できないことも、
触感、触ることで「じーじの死」を理解したばーば。
今はもう、触ることはできないから、理解できなくても仕方ないね。
今日も寝る前、ベッドに腰掛け、ばーばにしか見えないじーじに向かって、
今日一日デイサービスで頑張ったことや、ご飯がおいしかったことを喋っていました。
はたから見たら独り言。
でも、ばーばにとっては必要なことなんだと思います。
そして、私にも「触感」は残っています。
私の腕の中で息絶えたじーじ。
まだ温かいのに、触っても動かない胸の感触。
脈打たず、だらんとした手首の感触。
明日でちょうど三か月。
まだまだ、最愛の夫と、大好きだった父を亡くした悲しみから、
癒えることができない、私とばーばです。
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