ということで
長かった3週間近くの
コインランドリー生活に
終止符を打ちました 大袈裟
でも、良き経験でした。
もう2度としたくない経験だけど 笑
車に入れっぱなしにしていた
洗剤が寒さで凝固していたとき
となりの洗濯機を使っていた
サンタさんみたいなおじさんが
大きな手で温めて溶かしてくれたり、、
優しいひとだったな
洗濯は2日あけても問題はなく
毎日洗わなくてもいいと思えるものも
たくさん発見しました。
不便になって初めて
思い込みを思い込みだと気づき
学びますね
11アイテムも
今年購入してます
あ、写真はドクターマーチンが抜けていて
マーチン入れて11点。
これでミニマリストがどうだとか
毎日のように書いているので
笑っちゃいます
でも。
買うのは悪、かなぁ?とも
思います。買うがミニマリストの
あるまじき行為なのか?とも。
服は。
着ればいい、のでは
ないでしょうか。
極論ですが
毎月10着買ったとしても
毎日毎日取っ替え引っ替え、
こんなコーデ、あんなコーデ!!
一日に何回も着替えて、、、と、
着るのであれは、、、
買うことに罪悪感を
抱く必要はないのでは?
とわたしは思っています。
買って、着て、着なくなったら
処分やリサイクル。
循環さえしていれば、
罪悪感とは無縁。
スッキリ爽やか
たまに失敗だったり
ウカレポンチになって買ってしまう服
なんて誰にでもあると思います。
そんなときは
買う過程を楽しんだ、
夢を見た、と思えばいいのでは
ないでしょうか。
大抵の服は
着用の有無関係なしに
買ったときから値が下がります。
これは、
「買った過程を楽しんだ料」を
差し引かれているんだと
わたしは思っています 笑
罪悪感を抱くべき事態は
「着ないこと」
着ないでずーっと持っていること
だとわたしは考えます。
ただ、、、。
「服を着る」
人間はハダカで外を歩くことは
できないにも関わらず、
この服を着るという行為は、、、
トップ•オブ•めんどくさいの中でも
上位に君臨するルーティンといっても
過言ではない、、、
以下は
この時期わたしが気に入って
繰り返し着ているコーディネート↓
毎日同じような服であることに
気づきます
好きなテイストなんてさほどたくさんは
ないんだな、と。
同時に
一シーズンに自分が対応できる服数は
さほど多くないということにも
気づかされます。
毎日服にばかり
時間と神経はかけられないですから。
だから。
やっぱり、、、
数は要らない。
よく言われている
ひとつ買うならば、ひとつ手放す。
循環をよくする。
これは
クローゼットの正解ではないか?と
わたしは感じています。
参考にしていただければ
幸いです。
最後までお読みくださり
ありがとうございました。