会社員だった頃の、

ある暑い夏の日のこと。

ある会議で部署間で

大激論になったことがある。

こちらからは私と私の上司の男性。
相手の部署からは、男性二人。
そのうちひとりは、会社の役員だった。

お互い一歩も引かず会議室は熱気ムンムン。

 

が、徐々に情勢はこちらに有利になってきた。

 

しどろもどろになってくる相手。

 

よし、最後のとどめ!と

私が意気込んだら、私の上司が

こう言った。

 

今日はまとまらなそうなので、改めますか。

まあちょっとお互い考えましょう。

 

椅子から落っこちるかと思った。

 

あとちょっとだったのに。

 

会議後、怒り心頭の私を上司はこうなだめた。

 

まあ、うちの意見が通るから。

 

 

 


それから数日後、その役員が別の会議で、
素晴らしい意見を言っていた。

あれ、どこかで聞いたことが……

何と、私の上司が散々先日の会議で

言ってたことだった。

その時は「俺は全然同意できないね」と

偉そうに言ってたくせにこいつ……

私は早速上司に報告した。

そしたら、彼はこう言ったのだ。

お、やったねー。




 


何がやっただと思ったら、彼がこう続けた。

 

あの時の会議では、

うちの意見が正しいと

確実に向こうももう理解してた。

でもあそこで最後まで徹底的に

追い詰めて、こっちが正しいと

認めさせたら、後々しこりが残ったよ。

 

この人は、いつでもこんな感じだ。

必ず相手に、逃げ場所を作ってあげる。

 

でも、まるで自分の意見みたいに

あんなふうに言わせていいの?

 

と、まっとうな指摘をした私。

 

いいじゃん、そんなこと。

俺らの思い通りになってるんだから。

 

言われてみれば

そんな彼のまわりには、

どんな時も敗者はいない。
 

彼は人を負かすことなく

いつも勝者になってるのだ。

人を動かすって深いなと思った。