ながい、ながい、先の見えないトンネルから

ようやく抜け出しました!




 

 

あれ?なんかヘンかも?と思い始めたのが、

4月のアタマ。

 

 

3月のアタマに継続セッションを終えてから

1ヶ月くらいは調子よかったんだよね。

 

 

 

 

「私って本来こういうヒトだったんだなぁ」

というのが馴染んできた頃のことだった。

 

 

気がつくと、

アタマの中が他人に占拠されている。

 

 

その人のことばっかり考えちゃう。

(恋ではない。)

 

 

無意識に、その人のことを思い浮かべて、

いま自分が考えていることは正しいか

をうかがっている感じ。

 

 

いま私が思っていることは合っているのか、

ダミーじゃないか、とか。

 

 

セッションの締めが

 

“お母さんの正解”ではなく、

“自分の正解”を知って、

”自分”を生きていこう

 

だったのに、


あれ?私また戻っちゃってる?

 

 

アタマの中を他人に占拠されている不快感、

また戻ってしまったのかという焦りで、

モヤモヤは加速していった。

 

 

その「他人」とは よっちゃん で、

(待ってましたって言うな)

私はいつの間にか

やみつきに行くのがしんどくなっていた。

 

 

お休みをもらおうか。。

でも、GWまで頑張れば少し休めるし、

とりあえずそこまでは頑張ろう。

 

 

そう思っていた矢先、

どんな話の流れだったか覚えてないけれど、

よっちゃんが

「お店を休むことも選択肢として考えている」

という話をしてきた。

 

 

「私もちょうど休むことを考えていたんだ」

と言うと、よっちゃんは

「私が言い出していなかったらどうしていたの?」

と尋ねてきた。

 

 

「そのままGWまで頑張るつもりだったよ」

と答えた瞬間、空気が一変した。

 

 

最悪の空気だったよ(・∀・)ワラ

 

 

数日後、話し合いをして、

お互いの思いを知った。

 

 

よっちゃんは、

「一緒にやみつきを盛り上げていきたい!」

という当初の私の思いを汲んで、

どうしたら一緒に、肩を並べて対等に、

やっていけるだろうかということを

模索し続けて苦しくなっていた。

 

 

私は、

「肩を並べて対等に」がどうしてもわからない自分、

それに応えられない自分、

そもそも経営に興味をなくしていた自分、

自分から言い出しておいてやり遂げられなかった自分、

よっちゃんを騙したも同然の自分、

そんな自分を責め続けて苦しくなっていた。

 

 

自分から言い出しておいて、興味をなくして、

やり遂げられないとか、最悪じゃん。

 

 

そんな自分、受け入れたくなかった。

 

 

でも、もう、あきらめて、受け入れて、

打ち明けることにした。



これでサヨナラなら、もう仕方がない。

 

 

もちろん、

「サヨナラ」とはならなかったけどね。

 

 

けど、よっちゃんはあることを決めていた。

 

 

「私は、やみつきを1ヶ月か2ヶ月休もうと思う。

ひとみちゃんも一緒に休むでもいいし、

一人で営業してみるでも、どちらでもいいよ。」

 

 

さて、どうするか。私はどうしたいか。

 

 

次から次に、自分を見つめる機会がやってくる。

 

 

 

 

 

つづく。