
今回のことで、心からしみじみ感じたのは、人、特に日本人の優しさです

ミュンヘンで
「最後は日本語で抗議だよ、頑張ってね
」と声を掛けてくれたビジネスマンもそうですが、他にもいろんな人にお世話になりました。
ミュンヘン空港では、出張から日本に帰る途中の技術者の方々とも出会いました。
その3人も、私たち同様ストライキの被害者だったのですが、英語の堪能な方がみえて、携帯を使って自力でフランクフルト経由成田着のチケットをとったり、フランクフルトでのホテルを予約されたりしていました。
フランクフルトに着いたのは、夜11時近かったと思います

空港は、飛行機に乗れない人でごった返しておりました。
椅子に横たわり、一夜を空港で過ごす気漫々の人たちの姿も見えて、そこに今晩の自分の姿を想像しました

そして、極めつけは、既に暗くなったJALカウンターを見た時でしょうか



私たちは、もはや誰に頼ればいいの

またもや途方に暮れました

でも、よほど鬼気迫るものがあったのでしょうね

そんな見ず知らずの私たちに暫く付き合ってくださったのが、先に出会った3人の技術者の方々。
ルフトハンザ航空カウンターの長蛇の列に一緒に並んでくださり、ホテルの手配と…
な、なんと

翌日13時発の成田便チケットを確約させてくれました


ホントに心強かったです。
3人の方々に重々お礼を言い、空港から出る激混みのバスに乗ってホテルに着いた頃には、既に夜中の1時をまわっていたと思います。
でも、この旅一番のホテルでした

何より、ベッドで眠ることができたのが、ありがたかったです

そんなフランクフルトの夜でしたが…。
実は、この後、最後の試練が待ち受けていようとは。
この時の私たちは、まだ知る由もありませんでした







